Jul 06, 2007

黄金探索者  J・M・G・ル・クレジオ  中地義和訳

Argo

 開くたびに、この一冊の本からは絶え間ない潮騒が聴こえています。聴こえない時には主人公アレクシスは戦場にいました。

 この物語のモデルはル・クレジオの祖父です。本の扉の裏には「わが祖父レオンのために」と書かれています。ル・クレジオはこの物語を執筆しながら、ずっと遠い昔からの海の音を聴きながら、祖父の仮説の人生を生き直してみたのでしょう。

 この探索の舞台となった島は、マスカリン諸島の一つであるロドリゲス島であり、モーリシャス島、レユニオン島からなるこの諸島は高温多湿の火山性風土です。十六世紀はじめにポルトガル人によって発見されたモーリシャス島(ここで主人公は少年期を過ごしています。)は、十六世紀末から十八世紀初めまでオランダの支配下に入る。一七一五年から約一世紀の間はフランス植民地となる。奴隷の反乱、海賊の跋扈、フランスとイギリスとの抗争の時代を経て、次にイギリス領となります。  モーリシャス島は一八三五年奴隷廃止制度後、サトウキビ栽培と精糖業の発展がみられるが、イギリス支配は長期に渡り、モーリシャス島が独立を果たしたのは一九六八年でした。こうした歴史的背景は多民族文化、さまざまな言語、そしてさまざまな文学も誕生することになります。またこの間には、第一次世界大戦(一九一四年~一九一九年)がありました。

 モーリシャス島の「ブーカンの谷」に暮らす主人公アレクシスは両親と姉のロール、黒人少年の友人ドウニ(彼の祖先もおそらく奴隷。)など、やさしい人々に囲まれて、海の音のなかで幸せに暮していた。永遠に続くかと思われるその日々は長くは続かない。父の事業の失敗、そして死。聖書をいつも読んでくれた母親は、もうアレクシスとロールにとって心の休まる場所ではなくなった。この「ブーカンの谷」から三人は離れることになる。

 それからのアレクシスの孤独な日々を慰めたものは、父親の残した「黄金の地図」。それを信じて彼はついにロドリゲス島の探索に行くことになる。そこで山の民の娘ウーマに出会い、恋をする。ウーマの祖父は凄惨な殺され方を受けた脱走奴隷でした。第一次世界大戦勃発とともにアレクシスは志願兵となり、探索は中断する。

 終戦とともに探索を再開した彼は、その地図が架空のものでありながら、その意味するところに気付くことになる。それは、イギリス湾が宇宙の形態をあらわしていること。地図のすべての方角や位置はそこにあったようです。さらに、ギリシア神話「アルゴの大遠征」が大きな影響を与えていることなどにに気付かされることになった。その神話とは、イオルコス国の王子イアソンが、アルゴ船に乗って50人の勇士とともに金の羊の毛皮を求めて旅立つという物語です。

 すべては終わった。。。最後はこう書かれています。「今は夜だ。僕は押し寄せてくる海の激しい轟きを、体の隅々まで染み渡るように聞いている。」さて、物語のはじめに戻ろうか。書き出しは「思い出すかぎり遠い昔から僕は海の音を聞いてきた。」と。。。

 (一九八五年刊行・一九九三年・新潮社刊)
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