Aug 26, 2006
おとこ坂 おんな坂 阿刀田高
この著書は十二話からなる短編集です。毎日新聞日曜版に二〇〇五年四月から二〇〇六年三月まで、五十回に渡って連載されたもののようです。新聞連載という「拘束感」なのだろうか。舞台となる土地は国内のさまざまな地方都市であり、一編づつに詩や小説、伝記などがさりげなくストーリーのなかに挿入されている。ストーリーも時折かすかな驚きをみせるものの、日常的なありふれた人間模様が描きだされている。薄味な短編小説集だ。
しかし、この十二話に共通していることは、大袈裟ではないのだが、人間社会への静かな肯定、あるいは人間(または男女間)へのさりげない信頼のようなものがあるようだ。さらにそこには「いのち」へのささやかな希望や驚き、「運命」と「人生」とのやさしい調和、というものなどが、常にストーリーという川の川底に流れているということだろう。
第七話「生まれ変わり」が、上記のわたくしの感想を集約されたもののように思える。間もなく三十歳になる女性画家が、才能の限界を見定めて、タブローからイラストへの転向を考え出す。しかし彼女の幼いときからの絵の才能を見守っていた叔父は、彼女の誕生日と同じ日に、二十三歳で死んだという大叔父はかなり才能を認められていた画家だったので、その「生まれ変わり」だと言うのだった。
「遠野物語」には柳田国男を蔭で支えて、物語の蒐集に努めた地元の佐々木鏡石がいたように、人生には大きな達成と共に、隣合わせの目立たない達成がある。その鏡石の命日が誕生日だという、作家をあきらめ占い師になった男に出会う。占い師は街角のストーリー・テラーだ。彼は彼女にこのような示唆を与える。
『人生はいろいろですよ。どんなに執念を燃やしても、できないことがある。願ったことのすぐ隣くらいのことができれば満足すべきでしょう。事実、満足できます。そこで充分に自分を燃焼させればいい。』
(二〇〇六年・毎日新聞社刊)
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