Oct 09, 2005

第七官界彷徨  尾崎翠

higanbana

 この小説が最初に単行本化されたのは、一九三三年(昭和八年)、著者はその時三十七歳であった。この昭和初期という時代に、このような突出した個性の女性作家が存在したことには驚いてもよいのではないかと思う。(わたしは遅れてきた読者だなぁ~。独り言です。)


 主人公は、赤いちぢれ毛の若くてやせっぽちな娘、「人間の第七官界にひびくような詩」を書くために上京し、兄や従兄の家の炊事係として住み込んだところからはじまる。彼女が「第七官界」が何であるかを知っていたのかといえば、そうではないのが難儀なことであり、ノートはいつまでも空白であった。名前は「小野町子」と、なにやらいにしえの佳人に似ていて、彼女はこの名が憂鬱らしい。

 そこの住人は三人いる。

(1)小野一助。町子の兄。精神科医であるが、患者が心を開かないために、みずからが病んでいるようだ。ややこしいドクターである。「分裂心理」が彼の専門分野であるようだが。。。

(2)小野二助。町子の次兄である。農業科学者であり、肥料研究に余念がない。みずからの失恋体験を「蘚」の花粉交換、発情、開花にたどらせ、恋の成就をそこに託した叙情的科学者である。彼の部屋からはいつも家中に「こやし」の臭いが広がっていて、家族を苦しめた。しかし、二助は、一助の説く「蘚の分裂心理」やら、三五郎の音程のおかしいピアノの音や発声練習に苦しめられ、それが蘚の生育を妨げていると信じてやまない。

(3)佐田三五郎。町子の従兄である。雨漏りのするこの古い家に置かれた、調律されていない古びたピアノに苦しみながら、音楽大学受験中の身であるが、絶望的。町子とは幼少期から兄妹のように育っているために、キスさえも性的な意味をほとんど持っていない。


 この三人の奇異とも個性的とも魅力的ともいえる、行動や発言、あるいは研究などに触れながら、それに従いつつ暮らしながら、町子は少しづつ「人間の第七官界」へ結びついてゆく道筋を探しだそうとしているようだが、そのスローテンポがなんともよろしい(^^)。そして町子はついに作品は書かなかったけれど、彼女そのものの存在がすでに「第七官界」だったのではないだろうかと思える。
 一見夢見がちで平凡に見えるこの娘は、じつはこの三人の男たちのエゴイズムな日々を通して、その日々に翻弄されることのない、女性の深奥にある揺るぎないものを無意識に育てている娘であり、この娘はおそらく著者自身なのでしょう。
Posted at 21:52 in book | WriteBacks (1) | Edit
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