闇から闇へと旅する 台本
冨澤守治
みんな、忘れていないか?
日常の白昼夢のなかで住んでいるかぎり見えはしまい
この世に、世間にあふれている、いまや欠乏と絶望
不足と苦痛のなかに死と生の恐怖のなかにただ耐えているだけのひとびとのことを
-闇から闇へと旅する、もう長い間、旅をしている-
(旅人、否、漂泊のもの)
なぜ、消えていくのか、遠い声
とおに過ぎていった過去の歌声を呼び戻すこともできず
いまは枯れた井戸のなかにもその音は聞こえていたのに
問い戻すこともできず、二度と会えないひとの顔ばかりがおもい浮かぶ
(わからない、あの過去)
そこで起こったことに疑いがあった、そしていまもある。日食か月食か、世界が欠け
消え始めていた
ふたたび日の射す幸福な日常へも、道は常になかば、たどりつけることもなく
そして明日はいやでもやってくるだろう (これもまたなぜかはわからないのだが)
ただ無意味に、白日にさらされる明日が
聞こえない、聞こえない、あのひとびとたちのかつて暖かかった声
この大地の球体は急激に冷え始めている
凍えるこの私の孤独のようにして
無窮の宇宙のなかに私はただひとり、居る、孤独 (わからないまま)
いくばくかの愛を掬う、しかしこの手を見れば、震える
ただ椀の形をしているだけ、これほども渇いたうつわ(器)
もうずいぶんと長い間、何にも満たされることもなく、常に「秋か、あるいは冬」
春は逝き風の如くも過ぎた夏またも変わらず冷(さゆ)る過ぎ越し
めでたくもなく、ただの「過ぎ越し」
こころ痛む、旅の果て、生涯のこと
※
(旅人、否、漂泊のもの)
数ある道は、たまほこ、常に別れを繰り返す、また現実にいくども道は別れ
多くの詩人たちは「道」に思いを馳せ、比喩に喩えるが
それは喩えではない、嫌(いや)が応でもない、あくまでも残酷な現実だった
どこかそのひとに、あのひとに繋がるばすだが
無慈悲にも私の魂(たましい)も引き裂かれてきた
たまほこに遠い涙の分(わけ)を問う道は恋しくそこにひとは居ず
語らう恋心は不思議で、そばに居てあれば、何気なく
離れてあれば、また心は火になり、会いたいと願う
なんとも疑わしき、頼りなく、心根は切なく甘く、何事もなく疑わしい
われ
あわれなり夢の御旗ひるがえるこころせつなく繕いもせず
かの妹(いも)はどこに在るか!
※
(旅人、否、漂泊のもの)
いま一度!過ぎたるものを取り戻す
強靭であるべき、決意は毎夜している
友である者、友に成りうる者たち
わが遠吠えを聞け
幾夜果てようとも、われはかくてあり
かくてあるからこそ謳うもの
たま飾る頭のうえにある遠き星、限りあればこそわれの赴く
ゆく道の草深けれど、足は重く、さらに玉砂利が足うらを刺そうとも
「われ」は行かなくてはならない
旅に出たかぎり、道はどこまでも続くのだ
※
(旅人、否、漂泊のもの)
わたしは辛く、泣き出したくなる時、いつも鳥を見るのだ
彼らは飛ばなくてはならない
翼を閉じるな!落ちてはならない
ならない、ならない、いつまでも飛べ!
泣いてはならない、どんな苦しみが襲おうと、道を行かなくてはいけない
刺し殺す槍をキワにて取り絡め、白兵の名を堪へて残さん
われは白兵のもの、傷つき、身は折れても、なお戦いを強いられる
いやだと言っても、それはただ殺されるだけのもの
それはどれほども辛く、悲しいこと
そしてこんな生涯とは?、何事のものか!
※
(旅人、否、漂泊のもの)
ときには思い描いてみる、これほども荒れた世でなければと
往き春に見た夢を、往く春のままに思いつめ
ついこの数日のことばかりを気に煩い
春の日との不足、格差に青ざめている
タマシイが消えることなきあの春を、語るすべなくどれほどのものでなし
たまに笑えることもある、その束の間の過ぎたあとのさびしさは
どんな腹痛よりも、身に滲みて、苦痛にもだえおる
せめて正気のみは残せ、崩れ落ちても
苦しみ、悔(くや)しんで苦しく、狂わずゆえに苦しくも苦しく
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解説:うずもれて、ふさぎこむ
うずもれて
ふさぎこむ
いつもずいぶん長い時を見つめてきた
ただ見つめてきた
うずもれて
ふさぎこむ
いくつもの取り返しのつかない人生たち
多くのひとびとにとっても、多くの損失
21世紀の初頭、この窪地(くぼち)の国のこと
多くのひとびとと、この私もそう
例外などはない
いくらでも、無限の回数語られてきた舞台のセリフ
芝居は何度でも演じられる
行くひとと立ち去るひとのことを旅人という
うずもれさせるひと
ふさぎこませるひと、それらのひとたちはとって
相手を「旅人」として捨て去るか
ただ実のところ、旅人は行き着くところがあり、またどこかから来たものなのだ
われわれはここにいる。そしてずっと以前からここにいるのだ
うずもれて
ふさぎこむことを、そのままでよいわけでもないのに