上海・リリィ・マルレェネ 2013

上海・リリィ・マルレェネ 2013

海埜今日子

せぐくまる床磨きの後方で、くっきりと雨なすスクリーン。名前のない不便さから、まず口笛が選ばれた。マデリン、マデリン、上海にいった彼女への挽歌を口ずさみながら、この場を嘆くことなく廊下をわたる。入口であって決して出口でない場所へ。ここには迷路という簡潔も残されていないのだ。マデリン、リリィ、床がキュウとうなりながら、ハミングの抹殺を遅ればせに、ラッシュからのように投げるのが目撃される。

ひからびた背からそそぐ動作もまた、機敏ではない劇を進行させる一端として、対比させられていたのではなかったか。マルレェン、リリィ、あんたの塗られすぎた嬌態が、床のうえで崩壊するまで拭きつづけるがいい。アミィ、アミィ・ジョリィ、指のきざんだ予告は床のうえに彫っていたんだね。祈りとしての鼻歌は、あんたにも口笛をいとしみながれ、追いつくことがないのだから。

(ト書きとして)上海はセットされつづけ、幻の大陸の方角から、砂塵は吹くことをやめなかっただろう。キャバレーの灯りが、ランタンをかき抱き、刻まれた皺の数だけ、ひきのばす迷路が、つかのま用意されては拭われる。ジョリィ、ロォラ、ジョリィ、靴を脱ぎすて、追いかけたものの正体を知るために、あなたを憂うことを磨いていたの。あたしはヒールが高くてやりきれないって歌ったわ。床をすべる挽歌のわずかな嘆き。

廊下は隔絶されながら、入口を求めていた。どこにもない出口からもぐりこんだ床磨き。ひらたくなった手のひらに、舶来のみやげもの。壊れてばかりなら、惜しみなくつぶしてやる。ロォラ・ロォラ、磨かれた床には、あんたのやましい踊りが永遠に映し出されているといい。裸足が砂のなかに、しない音をめりこませていた。マデリン、マルレェン、マルレェネ。嘘だろ、天使見てきたような、だよ。

変革されない出口が足音のさらなる場所からついてまわる。口紅で描いた否定は、番人としてスクリーンを肯定しつづけるだろう。鍵はガーターにすべりこませて。ディートリッヒ、生産された雨にあなたの瞳、ひきさかれた床のようにむすばれていたから。花はどこにいった、あのランタンの下に、観客がむせび泣いて。ハニー・サックル・ローズ、散り始めたので、出番です。よ。