老樹の丘の眠り
足立和夫
ふたたび沈黙と夜がはじまり
ひろがる草原をつつんでいく
草男は気づかないうちに
生きていた
驚きが腹のなかでまわっている
すべてがわからないが
黙っていた
死についても黙っていた
わずかないのちの声
それがすべての予感であった
この世が在ることは
草の葉が微風に迷って
とんでもないなにかを
指し示している事なのかもしれない
そこに手が届くことはないだろうが
草の息たちは
波立つままに生きている
ひとの息も波立つままだ
ひとは夜に囲まれておもうものだ
どこにも到達しないことを
なぜだろうかと
からだの言葉を呼んでいる
果てのない未知の入口で眠り
迷路の深さを進むために
心の永い触手をゆっくりのばし
ためらいながら探っている
ひとはなにも知らないことを
知らないことを知るために
眠って夜の手の感覚を働かせる
ひとができるのは
しずかに眠っている智恵を呼ぶだけなのだ
ということを思い出して
微笑する老樹の丘でくつろいでいる
草男は夜のなかで
別の高い山を登っていた