逆走、もしくは時間錯誤
石川為丸
木々の葉はすつかり吹き飛ばされて 今は台風一過 風もやんで 日差しは強く 陰翳の濃い真昼時 人気のない静やかなたたずまひの集落をさまよひあるけば 七色の風車を回しながら 幼い頃の妹が駆け抜けていくやうでした 向かふからは痩せた祖父がものうげに荷車を引いて来さうです 傾きかけた家屋の軒からはリユウキユウツバメが素早く飛んでいきました 風鈴の音色がいきなりかなしく聞こえます 海が見たくなつて、海坂を降りていくと 小島へ渡る橋がありました 欄干にもたれて覗いてみると 見たこともない水母が幾匹も流れていきます 幾匹も幾匹も永遠に続くかのやうです ゆらゆらゆらゆら たたかひに出たまま行方不明の兄さんがゐるやうで 叫びそうになつてぼくは もと来た道へ走りました 腐りかけた材木が倒れ掛かつてきさうでした 焼け焦げた残骸にけつまづき 頭を振ると 一陣の熱風が吹きすぎ 瓦礫の原を走る子どものぼくがゐました なつかしくなつて白い石畳道を登つていくと ガジユマルの深い緑のなかに 御嶽(うたき)があつて 琉球石灰岩の暗い空洞を吹きぬけてくる風に向かひ 老婆が一人お祈りをしてゐました そのかたへには むずむず揺れ動いてゐる得体の知れない幼虫が 糸を吐いて 繭にならうとしてゐます それは*刺されたら半時間で絶命するといふ近東砂漠の植物に湧くジヒギドリに酷似してゐました 静かにしやがんでゐる老婆の肩で その虫が繭をつくりながらぴくぴく揺れてゐます 見上げればもう夕暮れで 黒いオオコウモリが飛び交つてゐました(つづく)
*以下、「……ジヒギドリに酷似」までは黒田喜夫「毒虫飼育」より。