暗夜 連作「草男幻夜」
足立和夫
草の原の夜に
みっつの紅い月明かりがあった
風の塊が烈しくうごいてる
ひかりがはためいて
みじかい時間が引き延ばされていく
わたしは崖の下に降りた
底を探しているのだが届かない
まだ深いのだろうか
境涯の果ては見えないのだろうか
そのうち星がみえてきた
もうひとつの宇宙をこえなければ
わたしは生きられない
草男の影が目のまえに現われた
かれは腕をのばし
黙ってひとつの墓標を示した
わたしの名がみえる
草むらのなかに水たまりがあったので
からだを横たえた
すると
からだが草になり
蛇になった
死はいつもあたらしい
水底をくぐり
わたしは見知らぬ草原に座っている
星はなく
荒れたひかりがあった
猥りがわしい匂いがただよっている
ひとがいるのだろうか
匂いはわたしのものだろう
ひとはすでにいなかった
消えたのは大昔だ
時間が終焉にむけて
流れているだけだった
草男のくぐもった声が
耳に籠もった
わたしのからだは時間なのだ
すべて在るものは
時間の飛沫があらわれたものである
草の声が途絶して
森羅万象はすべて
いつまでも
奇っ怪な姿のままだった