冬をころがる骰子 ——堀川正美に捧ぐ5
倉田良成
丘のひくいところに風の冷たさはかさねられる
紅潮し、層をなして、空のまうえから垂直にきわまりながら
ビルの物陰でみひらく金色の寒いひとみ
まえにあるドアを開ければいつも黄昏にみちた室内で
ドアをうしろ手に閉めればいつでも朝影につらぬかれる
世からすばやく縁を切るという智慧は
投擲された骰子の華麗さで世間のただなかをころがってゆくのだ
巌に縛りつけられたプロメテウスのはらわたのようにさんたんと
おののきながらの花ひらきを示すサザンカのはなびらよりも濃くあまく
空即色のおびただしい文様の極彩で冬空がいっぱいになる
カササギたちの血をながす眼でいっぱいになる
しずかに目のくらむ昼の花火によって
ここから見える海は遠く
また近く
それならばなぜ、われわれは
あの風の吹く辻に露台を立てて
きらめく時計を並べるもの売りの芸能をさげすんだのか
それぞれにちがう時間が進む
無数の異なった星を並べているあのもの売りたちの芸能を?
夏が終わって秋が来るのではないとむかしのひとは言った
裸の木は死んでいるのじゃない、うつつのものではないだけ
斧を入れれば絶叫のように鮮烈な匂いを迸らすだろう
枝打ちの者とすれちがうとき、幽かな音(ね)を聞くような
サカキの、タブの、クスノキの新らしい霊気のうちに
おごそかに知らされてくる冬
丘のひくいところに風の冷たさはかさねられる
もがり笛鳴る曇り日の電線から電線を伝って
鳥は神聖な霜を恋い、霜を呼ぶ
うなりつづける千年のトランスだって
虹色のハヤニエを凌駕しない
ただに見る、水晶玉の波濤の散らばり
垂直にきわまってゆく冬の蒼穹の底にあって想う
みどりいろの、光る、完璧な
還らない、夏
知らぬまにこの世に生まれてきたわれわれは
みずからの死に目に
たぶん
会うこともない
冬霧の路地のほうへ ——堀川正美に捧ぐ6
三叉形のグリッドを細かに入り組ませて出来上がる茶色い町はすでに谷の底で耀う
ヤキトリの臭いのたちこめる夕ぐれの路地のほうへ曲がる
このかわたれどきの誰とも知れぬささめごとは敏感な跨線橋をこえてゆき交い
静かにつみあげられた誤差は美しいサイレンとなって日没に裂(き)れをはしらす
煙突の梯子をのぼった男は沖天に身投げしてもう降りてこない
はごろもをのこして
変成(へんじょう)の
あそこからここまで
熱い酒をすする謎だらけのカウンターの端から端ほどのながさだったのだ
なぜこの町の寺はみんな東に向き
なぜ寺の背後の丘に日は沈むのか
なぜ町のただひとつの街頭時計は四時をさしたままうごかないのか
いまも日輪を追って移動しているヒトカゲが見える
肩に蜥蜴のタトゥーの少女が海の街に逃げ去ると
埋立地の空にはすばらしい雲の神殿がばら色に騰がりつづける
ほんとうは
奇跡にめぐりあうなんて恐ろしいことなのだ
肉体を悲しんで音楽の林檎をわたるとき
のみほされる残生の完全な円からなお刻々と発してゆく鋭利な接線
うたげのようだとあのひとは言った
なお海を愛するとも
ヤキトリの臭いのなかにさらに迷いこむ
あたたかな一月の霧がわが口をふさぎ
葱の大理石質の白が冬の理性のようにかおりだす夜にちかく
きらめいている月のかんばせ
こうこうと惨酷に浴びる月のかんばせのひかり
透明な絢爛を鎧のように一劃ずつぬぎすててやがて自分さえぬぎすてるとき
海賊船の船長は
厳粛な神話語りのように古い絵本のうちによみがえる
わが亡霊は
ねぎまとレバ焼きの紙づつみがもつ子猫ほどのぬくもりをかかえて帰るのか
柱時計のバネが鳴る破れたふすまのある部屋へ
すりきれっちまった組紐みたいなヒエログリフを太古のゲノムのようにかぞえながら
賢者縞蛇として
いま春の大空のようにあまいいざないは流れ
ふかい嘲笑の四つ角で弓を弾きはてしなく物語りする差別者、われは。