第四回目 「詩人と酒」
----海埜今日子
『小さく、低く、ゆっくりと』(書肆侃侃房 http://www.kankanbou.com)は、
韓国の代表的詩人安 度眩(アン・ドヒョン)の翻訳エッセイ集なのですが、そ
の中に「詩人と酒」というものがありました。ある老詩人(高銀氏)が「最近、
詩人たちの中で酒飲みが著しく減った」「断言するがそれは近ごろ、詩が胸か
ら弾けるように出ず、頭の中で編まれて出てくるような現象とも無関係ではな
い」という。それに対して後輩である詩人が「酒癖のある詩人たちを批判する」
「詩が胸から弾けるように出てくるために過渡に酒に依存してそれを成すこと
はできない」「詩人たちは詩を書くという美名の下に行きすぎた酒飲みになっ
てはならない」と主張、これらは「酒飲み論争」と呼ばれて斯界で話題になっ
たといいます。このことに寄せて、「酒の好きな」著者は、こうくくっていま
す。(要は)「酒を飲むか飲まないかということではなく、詩は頭ではなく、
胸からそして心からわき上がってきて初めて本来の詩の姿になるということで
はなかったかと思う。個人的な思念と饒舌が増えていっている韓国詩壇に、老
詩人が送りたかった気遣いの言葉と理解したい」。この若い方のほうの意見が
若干ことば足らずなので、何ともいえませんが、彼もたぶん、お酒を飲まない
でも心からわきあがってくるものを…という気持ちだったのでは、と思いまし
た。こう書く私は、少しのお酒がないと書けないのですが。
テキスト情報提供とタイトルは、吸殻山大字豹の海埜今日子さんです。(桐)
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