第五十九回目 白秋の「微笑」


○無銘の葡萄酒を過去の埋もれた詩人にみたてた詩を書いたのはエズラ・パウンド(第三十回)だったが、北原白秋は詩集『邪宗門』の中で、割合に若い時期(主に明治三十九年頃)に書かれた作品を集めた章のタイトルを「古酒」と名付けて、それらの詩を古い酒にたとえている。「微笑」は、その中の一編。


微笑

      北原白秋


朧月(ろうげつ)か、眩(まば)ゆきばかり
髪むすび紅(あか)き帯して
あらはれぬ、春夜(しゅんや)の納屋(なや)に
いそいそと、あはれ、女子(をみなご)

あかあかと据(す)ゑし蝋燭(らふそく)
薔薇(さうび)潮(さ)す片頬(かたほ)にほてり、
すずろげば夜霧(よぎり)火のごと、
いづこにか林檎(りんご)のあへぎ。

嗚呼(ああ)愉楽(ゆらく)、朱塗(しゅぬり)の樽(たる)の
差口(だぶす)抜き、酒つぐわかさ、
玻璃器(ぎやまん)に古酒(こしゅ)の薫香(かをりか)
なみなみと......遠く人ごゑ。

やや暫時(しばし)、瞳かがやき、
髪かしげ、微笑(ほほえ)みながら
なに紅(あか)む、わかき女子(をみなご)
母屋(もや)にまた、おこる歡語(さざめき)......

        北原白秋詩集『邪宗門』より
        『日本近代文学大系28 北原白秋集』〔角川書店)所収


○春の夜、大きな家の離れにある納屋で、若い男女が密会(たぶん)する。蝋燭の火のもとで若い女は頬を染め、吐息をもらし、夜霧さえ火のように体をほてらすかのようだ。樽の酒をガラスの盃になみなみとそそぐと、母屋で開かれている宴の客たちの歓声がもれ聞こえてくる。その声に二人は暫し押し黙るが、女がその短い沈黙をかきけすように輝くような微笑み浮かべる。すると、またひとしきりさざめくような客達の歓声が母屋から届くのだった。
 『北原白秋集』の「補注」によると、この詩は「おそらく当時の空想の恋に、生家の記憶を織りなしたものであろう」とある。白秋の生家は、九州柳川の大きな酒造であり、詩にでてくる古酒の入った酒樽のある納屋とは、酒倉のことだろうという解釈とも一致する。ただ「空想の恋」とはいえ、思春期の原体験のようなものがとかしこまれているのではないかと想像してみたくなるほどリアルな感じのある詩だと思う。母屋の人の声に、二人が一瞬はっとして、すこしの間合いの後に女の微笑みでその緊張がとけるところなど映画のシーンのような感じだ。あと、この詩の「林檎(りんご)のあへぎ」という詩行の特異な感覚的(嗅覚的)なセンスが、歌集『桐の花』の秀作「君かへす朝の敷石さくさくと雪よ林檎の香のごとくふれ」と、遠く響き合ってるんじゃないか、と思えたのは楽しい発見だった。
 『邪宗門』には「WHISKY」「酒と煙草に」などお酒のでてくる詩が幾つかある。美術や文学を志す青年作家たちの懇話会「パンの会」の席上でラッパ節の曲に合わせて会歌のように歌われたというので有名な「空に眞赤な」という短い詩にもお酒がでてくるのだった。


空に眞赤な

      北原白秋


空(そら)に眞赤(まっか)な雲(くも)のいろ。
玻璃(はり)に眞赤(まっか)な酒(さけ)のいろ。
なんでこの身(み)が悲(かな)しかろ。
空(そら)に眞赤(まっか)な雲(くも)のいろ。

        北原白秋詩集『邪宗門』より
        『日本近代文学大系28 北原白秋集』〔角川書店)所収





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