第五十七回目 藤富保男の「客帰る」


○こういうことをしていると、詩のなかにお酒の名前を無意識に探すという変な癖がついてしまいそうだ。ただし発見するたびに目印をみつけたみたいに喜んで、読んでみての感想はあらぬ方向にそれていく。


客帰る

      藤富保男


かごにおさまったカラスは
ゆっくり緊張をといて
プフ と笑い

そっと かごの戸をあけ
つと廊下に立つと
黒の女になり変わった

みんなねているらしい
かすかに いびきが
壁にはね反っている

この女 すり足軽く
廊下を歩き
黒い微笑をたたえて
本日は大成功なり と
いった顔付きで
深呼吸一つして
まずキッチンの冷蔵庫へ行き
丸い眼でなかをのぞき
では ちょっとまた失礼とばかり

ビール出し
チーズも出して
テーブルに女王の如く座り
のど鳴らして一人で夕食
水道の蛇口から
かわいい水滴が一粒おちる
時過ぎれば 生きているもの
おのずと化身するは神の摂理なり
と讒言を言い

ではここまで と
窓を見ると
月の光ななめにさし込み
黒い女の黒の衣裳につやをもたらし
わが身の妖艶な姿に
おのれを忘れていると

誰だ とこちらからの大声
また叫んでいるのねと と女
立ちどまることなく
ごめん遊ばして と
彼女は夜の闇のなかに飛び去った

        藤富保男詩集『客と規約』〔書肆山田)より


○かごの中にいたカラスが、夜になってかごを抜け出して黒い服を着た女性に変身し、冷蔵庫を勝手にあけて一人で酒宴をはじめてしまう。その物音に家の主人が気が付いて声をあげると、女はそそくさと飛び去ってしまう。この詩「客帰る」には「客」というタイトルの前編があって、その詩では、突然この家を訪ねてきた黒い服の女性がとりつくしまもなく家にあがりこんで、冷蔵庫のジュースなど勝手に飲みはじめ、さすがに主人がおまえは誰だと声をあらげると、女はさっと鳥かごの中にはいってカラスに変身してしまった、というところまでが描かれている。この「客」という詩の中の「ちょっとまた失礼」とか、「また叫んでいるのね」という言葉は、そうした前編の内容(昼間の出来事)をうけている。
 「客」と「客帰る」は、それぞれ独立した詩として読んでも、その言葉のテンポや言い回し、不条理な出来事がユーモラスに描かれている内容などを楽しむことができるが、詩集『客と規約』の「規約」という詩を読むと、「客」のそれぞれの連を構成する行の数が5699333という構成なのに対し、「客帰る」では、その逆の3339965というふうになっていて、そういう「規約」で後者がつくられたことが明かされている。他にも対応関係がありそうなのだが、こういうことを書いているときりがないほど、詩集『客と規約』は、幾つもの面白い文字遊び的な試みがされている詩集だ。詩をつくることは、どれだけ自由であってもいいということの恰好の例を示していると思う。深夜にチーズをつまみにビールでも飲みながら、以下の「客帰る----文字隠れの巻」という詩を読んで、「客帰る」と対照しながら隠れている文字を探すのも楽しいかもしれない。


客帰る----文字隠れの巻

      藤富保男


かごにおさまった は
ゆっくり緊張をといて
プフ と笑い

そっと かご 戸をあけ
つと廊下に立つと
黒の女になり変わった

みんなねて るらしい
かすかに いびきが
壁にはね反っている

この女 すり足軽く
廊下を歩き
黒い微笑を たえて
本日は大成功なり と
いった顔付きで
深呼吸一つして
ま キッチンの冷蔵庫へ行き
丸い眼でなかをのぞき
では ちょっとまた失礼とばかり

ビール出し
チーズも出して
テーブルに女王の如く座り
のど鳴 して一人で夕食
水道の蛇口から
かわいい水滴が一粒おちる
時過ぎれば 生きているもの
おのずと化身するは神の摂理なり
と讒言を言い

ではここまで と
窓を見ると
月の光ななめ さし込み
黒い女の黒の衣裳につやをもたらし
わが身の妖艶な姿に
 のれを忘れていると

誰だ と ちらからの大声
また叫んでいるのねと と女
立ちどま ことなく
ごめん遊ばして と
彼女は夜の闇の かに飛び去った

        藤富保男詩集『客と規約』〔書肆山田)より


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