第十七回目 吉原幸子の「誕生日」


誕生日

          吉原幸子


タバコの煙がたなびいて
その底に ウィスキーが沈んでいる
わたしの内臓が わたしの中で
今も 確実に爛れてゆく
音もなく

わたしたちは はじめの瞬間(とき)から
死を身ごもつている
きのふの誕生日で
そろそろ 妊娠七ヶ月ほどになつたか

いのちをいとほしむといふことは
孕んだものに目をそむけないこと
おなかの上からさすること
決して 産むまいとじたばたすることではない

もしも わたしが死なないのなら
日々は 耐へられない浪費であらう

もしも あなたが死なないのなら
あなたは そんなに光りはしないだらう!

           吉原幸子詩集『夢 あるひは...』(青土社刊)より


○詩のなかに登場するお酒の意味が、いつも楽しいものばかりであるとは限らないのは、現実にお酒がそういうふうにばかり飲まれるとは限らないことを映しているだけだとは言える。この詩の「わたし」の飲酒からはとても痛ましい印象をうける。身ごもった女性が、お腹の子供の命をとても大切に愛しんでいるのに、何かの事情で、もうすぐその子を堕さなくてはならないことがきめられている。この子ばかりか、人は誰も死すべき存在なのだ。もし死がなければ、世界には浪費しか残らないだろう、そういう理路を自分にいいきかせるように「わたし」は書く。けれどこの想念は、「わたし」を哀切な逆説へとみちびいてしまう。




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