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橋 --- 橋






風のつよい午後
岸辺には釣り人の影もなく
ユリカモメの群れだけが
高い虚空に舞っている

葦原は横たわる犬のように震え
崩れかけた土手は ときおり
砂塵を もうもうと
橋上に巻き上げる

走るべき場所で立ち止まり
瞑るべき目をみひらき
もの好きなマゾヒストのように
しかめつらで遠望している

君が確かめたいものはなにか

橋上を疾走するトラックは
破れた幌をはためかせ
投げ捨てられた空き缶は
凶器のような光を放っている



  初出「断簡風信」1号(1988年)

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   広い河川敷は
   やわらかな草々におおわれて
   その上を五月の風が渡ってゆく
   木々の繁みのあたりでは
   風が立ち止まり また風になる

   鳥が運び
   あるいは川の流れに運ばれ
   風とともに空を渡ってきた種子たちが
   偶然の川辺の地の共生を
   無口に受け入れて
   たがいの来歴をたずね合うこともなく
   草も木もおなじ風に揺れている

   わたしは橋の上で風に吹かれながら
   重いヒトの来歴の影を落として
   たたずんでいる

   ヒトの想像力は
   永い水の旅を
   どこまでさかのぼり
   そして流れてゆけるだろうか

   断想のように
   ヒトは川に橋をかける
   川に交差してゆくヒトの流れ
   そこを渡ってわたしは
   なつかしい死者たちに会いにゆく


    (詩集「砂嵐」2002年10月刊)より。



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