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風景画 --- 燃える森



風景画


焼けた地肌の荒野
枯葉が塵にまみれて吹きころがってゆく
殴り描きの空の色が痛い
にょっきりと異和のように立っている
白々とした金属製の標識のうえに
痩せこけた鴉がとまっていたりする

あなたはずっと歩き続けてきた
足は砂地を踏むように硬く重い
だが夕刻に越えてきた里程標をふりかえれば
遠い波間にたよりなく浮遊する
ブイのようなものが見えるだけだ
夜吹く嵐のために
明日は所在さえ定かでは無くなるだろう

燃え尽きた焚火の灰をかきわけて
余燼のような憎悪にぬくもりたい
罅割れた水滴に想いをひたしたい
あなたは優しい季節の光束のようなものを
求めていると信じながら
いつか画布に描かれた風景の中に
まぎれてしまっていた

風は血に汚れた手拭いを運んできた
あなたは消えかけた足跡を見なかったか
あなたは異人の貌を想い浮かべようとするが
なぜか像を結ぶことができない

誰かがいる
決して会うことのない誰かが同じように
この荒野を巡っている
互いに入りこめない不思議な境界に
隔てられながら

赤く爛れた肉を鴉が銜えてゆく
あなたの出会うのが何かの死ばかりだとして
あなたの飢えは失せず
絵画の風景はその色を増すばかりである



  初出「増幅器」6号(1977年)

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   燃える森


   最後に
   湖水のそばに立つ
   大きな古い樅の樹の枝に
   赫い服を纏った精霊を描いて
   疲れたあなたは絵筆を置き
   椅子にもたれて空を見上げている

   深い森
   一本の倒木が開けた空
   一束のひかりのなかにあなたはいる
   雌鹿のふるえる視線がうしろにあることに
   気付いていない

   それから赫い絵筆を湖水にすすぐと
   空は夕焼け
   森の闇はふいに濃くなって
   一枚の絵画も ちいさな雌鹿も 闇のなか
   あなただけが燃えのこる



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