2009/3 [HOME]

++ 日記 ++

2009/3/27(FRI)
きのうの寝しな、急に読みたくなり、’75年5月号の「現代詩手帖」<特集 ライト・ヴァ−ス>を読み返した。何が読みたかったのか。読んでわかった。
ウイリアム・カーロス・ウイリアムズの「あのちょっと」という詩を見直したかったのだ。そして見直した。
それを読んでから、こんな詩を書いた。


■まちがいした




シンガポールの学生が帰りがけ
部屋をのぞいて言った
大きな声で
「あ・た・ま・し・た!」
あたました?
頭、下?
いぶかる顔に
あわてて
「ノー、ノー、あ・し・た・ま・た」
あ・た・し・ま・た
まちがいした

2009/3/21(SAT)
  土曜、朝の散歩


ソイというのはおこわにデンブ、香油、揚げたまねぎをかけてバナナのはでこちらの朝飯だが、9時ごろ
いつものようにテンビンおばさんに行ったらもうないというふうに手を振るので、通りを渡って向こうへ、と思ったら花を買いに出たSさんと会った。いつもの倍よ、買うのやめた、じゃん、一緒にその辺まで、と通りをw立って人も群れている病院の前で、ソイはない?終わった、これはどう?差し出す四角いチマキに、Sさん、好きじゃない、隣のおばさんが上げパンを差し出すが、甘いのはね、ちょっと。一回りしてさっきサツマイモあったね。食べたことある?あるよ、けっこううまい。そう、1キロいくら、120円。90円は?だめ。じゃ、95円でどう。ううん、100円だったら。じゃ、1本ずつ買おうか、大き目のを2本。もう1本どう?と袋に入れようとするのを、要らないと押しとどめ、懐かしい棒はかりのさらに載せ、慎重に分銅を動かし、水平になったところで、札を三枚だし、釣りをもらう。あの、釈迦頭(カスタードアップル)、食べたことある?そう?うまいよというのでとなりのおばさんに。1キロいくら?3万ドン。ほんと?先客のベトナム人をの夫人が何度も分銅を左右に動かし、載せるのをとっかえ、やっと3個で5万ドン札を出した。ふーン、本当らしい、じゃ、これ、1個。18000ドン。50000ドン出して、5000ドン6枚。ちょっと間が空き、2000というとしぶしぶよれよれの札を取り出す。まったく。ま、いいや外国人だからし様がない。ふと振り返ると、あの婦人に青い5000ドン札を手渡すのが見えた、まったく、またやられた。バイクが切れない通りを縫うように横切ったら、ないといったソイのおばさんが、手招きをする。近づくとおひつからあったかい白マメのおこわを取りだし、手早くトッピングして,新聞紙で包み、ハイいつもの5000ドン。なぜか知らないけど、いつもの朝飯にありつけた。

2009/3/20(FRI)
  ハノイの雨


時は3月
空はいちめん薄灰色の光に満ちて


アパートの階段にいつものように
やせた子猫がうづくまり


駄々をこねるように
空中の雨粒が落ちるでもなくあがるでもなく


バイクの人の群れも
合羽を着てる人着てない人半々で


オット、脇から自転車!
左に避けると突っ込んできたバイクの鼻先と擦れ合いそうになり


足をつきわずかのスペースでかわして
赤のHONDA waveを建て直し、次の赤信号の


13秒の間にマスクを取り出しつけようとするが
ヘルメットの紐がじゃまをする


いつの間にかナイロンのジャンパーはしっとり濡れ
といって降るでもなく止むでもなく


逆送する1台を見やり自転車を抜き
道をよぎるテンビンおばさんのためにブレーキをかけ


時は3月 おれは
生ぬるい雨粒の飽和のまとわりつくハノイの空の下






2009/3/17(TUE)
3月に入って、春休みのせいかボチボチハノイに来たいという友人からメールをもらうようになった。
この週末はWさん(同じ酒田出身で、高校も同じ酒田H校卒業という日本語教師。酒田出身の日本語教師が他にもいるとも思わなかったし、高校の応援歌をいっしょに歌える人と、ベトナムのハノイで出会うとは・・・小さな奇跡)とおれの共通の友人であるOさんという人が友達といっしょにハノイに来る。Oさんとは大学院での飲み友達。
また、5月には前の勤務校でいっしょで、今タイにいるTさんも5月はじめにハノイへ遊びに来る。
先週は、一番はじめに教えたタイのSさんもハノイに来た。急なことで、結局電話で話しただけで会えずじまいだったけど、なにやら遠来の友と異国の地で酒を飲み交わすことが多くなりそうなこのごろです。

2009/3/13(FRI)
ひとりの生活になって3日目。
たいした違いもなく、食べたいものを作って晩飯を済ませ、本を読んで風呂に入り、寝るという単調な生活だが、一点、変わったことは、始終「眠い」ということである。
眠いからといって、横になってキチンと眠るわけでなく、ソファに座ってウトウトして、目覚めて、違うCDをかけて、聞いているうちにまた不覚に落ちてというくり返し。ベッドに行くのが1時半や2時で、なんか損をしたような気持ちで目をつむり、ボーが残ったはっきりしない頭で起きて、出勤の準備をする。そんなこのごろ。


仕事では、発音指導を、試みている。苦手な分野だな。「無声・歯茎硬口蓋・破擦音」なんていわれても覚えられないし、具体的音のイメージがうかばない。でも、気になっていた。ここではほとんど発音指導を受けてないと学生は言う。
テスト等ではかなりできる人も、読む、話す場面ではイントネーション、リズムが不自然な人が少なくない。
で、そんなとき「月刊日本語」1月号の「60分でわかる音声指導入門」を同僚のHさんが入手したので、補講で5人の学生に試してみた。おもしろかった。学生も注意しいしい発音しながらも、「ちがう」の判定を下されたりして、喜んだり、ショックを受けたり。「自己モニター」「独自の基準」は有効だと思うな。おとといはイントネーションのチェックを自己モニターを利用してやってみた。これも意識していなかったということで、初めて「違っていた」ことがわかって、歓声と悲鳴が交互した。この次は、手直しして、キチンとプログラムに組んでやってみようと思う。

2009/3/9(MON)
今日は雨でテニスが中止。
そぼ降る雨。優柔不断な雨。
午後からいい天気になったので、明日帰国する妻の
お土産買いにつきあう。
雨上がりの空気もさわやかで心地よい。
持って来たけど使っていないニコンのD40で
パチリパチリ
砕いた卵のからを表面にあしらった小物入れがいい
竹製で軽い
それからスーパーによって
黒胡椒入り塩をいくつか求める
この塩はマイルドでうまい




2009/3/2(MON)
金曜の焼き鳥は、楽しかった。
7人か。
いつもの串刺しのほかに豚のスペアリブ、青いパパイヤ手作りピクルス、持ち込みしいたけが加わって、盛り上がった。
Yさんのはしゃぎように皆圧倒される。おれも抱きつかれて、あせってしまった。ハハ。

2009/3/1(SUN)
雨も上がり、夜二人で買い物がてら、散歩に出た。
ベトナムエアラインの前で、4,5才ぐらいの男の子が走ってきた。危ないと一瞬、立ち止まった妻の脚をいきなり抱きかかえた、うれしそうに。後ろから若いお父さんが追いついてくるまでそのまま。お父さんはあやまるでもなく、ただ微笑んでいる。どうもこの国では子どもをだれかれとなくかわいがる風潮があるようだ。幼い子どもを抱いて、レストランなんかに行くと、オーダーの間、食べている間、従業員が代わる代わる赤ちゃんを抱いてどっかへ連れて行く。遠くで泣き声が聞こえるがなかなかお母さんのもとに帰ってこない。
そのうち連れて行った人とちがう人がベソをかいた赤ちゃんを連れてくる。それらが、ごく自然に行われる。そんなこと、今の日本では・・・?


それからナイトマーケットへ立体式のカードを買いに行く。このカードはおれのお気に入り。カードを開くと、ツインタワーやコロセウム、ニューイヤーのブーケ、擬人化した2匹の蝶々のキスしてる場面などが立ち上がる。


CD7枚で7万ドン/スケッチオブスペイン/きのうの焼き鳥屋と同じ値段/飲んで騒いで、75000ドン/サワー一杯の値段



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日記帳(3) v1.02.00 エース (素材協力:牛飼いとアイコンの部屋)