書けないことを無理して書こうとするなあがくがいいあがけるうちにメソポタミアまで聞こえる呪詛のひもで君のわらじを結んだらまだ影のあるうちに風の来歴をきわめて(ゆきさきしらぬ)白い街、白いパン、白い壁をなぞる通りすがりさいごの☆が1行流れる
ほとんどないことだが、今日一日部屋から出なかった。いつもなら何もなくても理由をつけてララガーデンあたりまで外の空気を吸いに行くのだが。大きな風が吹いているのだろう高い天井で何枚ものタペストリーが解読されて *書架と書架の間にしゃがむと誰からも行方不明になれるから *砂に半身埋まった乳母車は波にあらわれながら時おり首をひねって錆びたスコップに話しかける *生きることは見たことのある光景に息をのんで出くわすことだ *人と人が蔓のようにからんでほどけなくなった物語をふるえる空に投函したあと *木や花は 負傷すると遺伝子の配置を星座のように動かしてのような何行かのフレーズにピクン、反応するおれの距離感か一篇全部載せないで断片でスミマセン。詩集「電話ボックスに降る雨」の北川朱美さん。
あの瞬間 いつものように起きて、カレーのなべに火をつけ、弱火にし、娘に起こした。ふと目に入って声をかけた。「このパソコンデスク、きょうだすんじゃなかった?」「あ、いけない!昨日の夜、忘れてた!」「まだ20分ある。」で、チャチャッと着替えて用紙を貼りキャスターを可動にして椅子を畳んで机に載せてそろそろ玄関に急いだ。狭くて短い廊下の壁に下げたバッグを外しげた箱をずらしだが、玄関の内ドアでつかえた。うううん。あのねじを回して軸から外せば10センチ広がるはず、上のねじはなめらかだが、下のねじが固くて回らない親指が痛くなって、ぼろきれをもらい、指に当てて、エイ!やっと外れる。外は風が吹きわたり、エレベーターまでガラガラ、うるさいエレベーターは朝の出勤、通学の人たちで2回待ち、外のアスファルトを押してこれで安心、だが、ガラガラ、ガラガラ、キャスターの擦れる音が響き渡る恥ずかしくて、30メートル持ち上げて歩き、重くて30メートルガラガラ、ガラガラ申し訳なくて、20メートルまたエイ!と持ち上げてやっぱりたえかねて、ガラガラ、ガラガラ粗大ごみ置き場にたどりつくチェーンを外して押し込んで、これでいい、用紙は貼ってあるか、ありゃ、椅子についてないどうしたんだろう、落としたのか、帰り道道目を見開いて、へやに戻って娘に聞いた、「貼ったよ、折りたたんだ布の間じゃない」そうか…うかつ、確かめなかった、そうだよねまたサンダルつっかけ、小学生の間を縫い、ごみステーションに、「あった」、あ〜あ、ほっと半分、やだなもう半分。6階でエレベーターを降りた拍子に、娘とすれ違い、「じゃね、今日何時?」「今日は・・3時、いや4時かな」ドアが閉まった瞬間、アレ、かぎは?!走って部屋の前、ドア、開かないあわてて、エレベーターへ、早く来い、早く(自転車で行っちゃったら・・・)エレベーターを降りて、全速力で自転車置き場へ走る、南無三!もし間に合わなかったら・・・飛び出してきた背中へ、「アキ!」振り向いた顔に、「かぎ!」浮かんだけげんそうな顔が、はじけるかぎを受け取って、フウ・・・あのときが3秒遅かったら、どうなっていたろうこの冬の寒空にコートなしで、サンダルで、財布もないし、携帯も・・・考えてもわからない、やっぱり部屋に入れない間に合ってよかったカレーを口にはこびながらあの瞬間を省みてぞっとした。
忙しい時間がきのうで終わって、これから約1ヶ月半、義務のない時間が待っている。詩人にならなきゃな。体の襞ひだに詩のシャワーを浴びせて詩を思い出さなくちゃ。「ホテル」26号の柴田千晶氏の「わが快楽」、感じさせるものがある。俳句仕立ての行分け詩?・輪を見れば首を入れたくなる聖夜・鮟鱇の胃袋の中わが快楽
いまさらのおめでとうでもなしハンバーグ5年ぶりの日本での正月、と年賀状を書いて書いて、書きまくったので、日記も書いた気になっていた。さて、見通しのない2011年の年頭だが、まあ、いいやなんとかなるさ春も来るという気分になっている。WEB日記さん、ことしもよろしく。(「よろしく」、なんと手軽で便利で都合のいい言葉か。)
前月へ 次月へ