2005/1 [HOME]

++ 日記 ++

2005/1/30(SUN)
もう30日か。
21日から今日まで、送別会、新年会が5つ。その合間に健康診断、予防接種を受けて、前の学校に手伝いに行って、雇用保険の手続きをして・・・などと気ぜわしかった。
2月にはわかっているだけで、送別の意味で飲んだり食べたり人と会うのが8回、3月出発するまでに20回行くんじゃないかな。これだけやってもらって、(健康診断の結果とか、事故などで)行かないことになったら、どうしよう。いや、行く前にくたびれ果ててしまうのではないか。
そんな心配する前に、日本語教育関係の人たち、教えた学生たち、テニス仲間、高校、大学時代の友人、詩人、俳人の方々、家族、親戚に感謝しなくては。今の自分が以上のネットワークに支えられていることを実感する。

2005/1/21(FRI)
きのうで、日本語学校での仕事が終わった。
うれしい?
そうねえ・・・
さびしい?
そうねえ・・・
なんとも言いがたい心境。
特にこの10日間は、複雑な、わけのわからない、不安定な心持だった。

古い友人からメールをもらった。
返信を書いた。
抜粋して、記す。
   *   *
(友人のメール)
1月12日の日記を読んで、20年の時間の量の重さを痛切に感じました。
大人の男になったはずのあの日から、この20年で、何を失って、何を獲得したのか、
7000日は有効だったのか。
あの頃の未来に僕らは立っているのかなぁ

(私の返信)
メールありがとう。
もう一回、「夜空のムコウ」、に行こうとしてるんだね、結局、オレは。道も見えない、声も聞こえない。不安だよちょっと。
というより、自分で仕事をカットしようとしたら、切り口から思いがけずさまざまな思いがあふれてきて、うろたえた、というところかな。
きのう、01・20(週に1回ぐらい手伝いに行くんだけど)、花束なんかもらって、学生に抱きつかれたりして、一応終わった。
それまでは、ホントに気持ちが不安定だった。仕事場の、なにを見ても「オレが決めて、オレが作ったんだ」というものばかり。
大変なことをしてるんじゃないか、いいのか、やめちゃって、これからこれに匹敵するものを作るエネルギーが、オマエに残ってるか・・・

だが、時は無常で、しかも慈悲深い。
終わりの瞬間が来て、新しい時が始まる。
今は、スッキリ。ためらいやよどみや悔いに似た気分は、どっかに消えた。
これからの人生、どこまで行けるか、楽しみだよ。
   *   *
たった今、日本語学校のインドから来た学習者から、専門学校に合格した、との電話が入った。話はできるけど、文字、特に漢字が全然ダメだから、苦労した、ホントに。
こんなふうに学習者から連絡もらえることも、日本語教師という仕事のうれしい1面です。

2005/1/16(SUN)
明け方咳をして、眠られず、うつらうつら考えた。
「咳をする」の「する」の意味は通常の、「野球をする、勉強をする」の「する」とは違うな、普通他動詞は「食べる、見る、作る」など意志的なものが多く、「野球をする、勉強をする」の「する」も意志的だ。だけど、咳はやろうとして(咳を)するわけじゃないからね。だから「咳が出る」という自動詞的な言い方もある。「遅刻する」なんていうのも無意志的だ。「下痢をする」なんてのも。
まったく、「する」という動詞はいろいろな顔を持つ。「声がする、匂いがする、そんな気がする」なんて、自動詞だもんな。
・する  1 他動詞、意志的  野球、料理・・・をする
     2 他動詞、無意志的 咳、遅刻・・・・をする
     3 自動詞、無意志的 音、匂い、気・・がする
同様に、「風邪を引く」というのも、「引く」は普通意志的だけど、この場合は無意志的だな。病気になりたい人なんているわけないから、病気の言い方は結果を表す自動詞が多いんじゃないかと思うんだ。「ガンになる」とか「マラリアに罹る」とか。「引く」って言葉の意味も一つじゃないか。そうか、「熱を出す」なんてのも同類だ。・・・・・
などと、明け方うつらうつらしながら考えた。

2005/1/12(WED)
ぼくが今の職場を離れる日が1日1日と近づいてくる。
20年勤めたところだから、愛着がある。
前は愛着を意識していた、作っていた。
ここの学生はみんな面倒見てきた、だから・・・というふうな。
しかし今は愛着を、感じる。湧いてくる。
「こうやって学生にハラなでられるのも、アソセンセーハホントニホントニツメタイとなじられるのも、となりの郵便局の人とあいさつするのも、「王将」で天津麺食べるのも、「変てこ」の「てこ」ってなんだろ、と考えるのも、もうすぐ終わり」
心がシーンとしちゃう。さびしさ、かな。
だからちょっといま、センチメンタルムードかもしれない。
なにしろ20年だよ。
その間にネットワークをずいぶん広げたからね。
そんな絡み合った人間関係をバッサリ切って、知った人のだれもいない、飛行機で7時間の異国へ行くんだ。だ。だ。
そう考えたら、「おれ、大変なことをしようとしてるんだ」と改めて気づいた。
そして、マレーシアではまるっきり新しいネットワークを作らなければいけない。あたりまえだけど。ああ、エネルギー、要るなあ。

2005/1/11(TUE)
冬青空、春夏秋の悔いを吸い

これはきのうの句会で、ちょっとほめられた一句。
きのうは清水の鱗さんがすごかった。新宿のラブホ街を通ったりしたから、燃えたのか。3句ともいい点が入ったものね。
街中歩きながら、つまり吟行しながら作句するのはおもしろいが大変。歩きずくめで脚はパンパン。いや、吟行は体力勝負でもある。

2005/1/6(THU)
正月休みが終わってしまった。
帰省せず、かといってどこにも出かけず、戸田の集合住宅の一室でゴロゴロしていたのだが、なにかせわしなかった。
今現在も増え続ける死者、身元確認のできない多くの遺体、どれぐらいか把握もできない行方不明者の数・・・スマトラ沖大地震のニュースには、言うべきことばが見つからない。
12月初旬に帰国したタイの学生(女性)は、プーケットにあるホテルの土産物屋さんで働いていると言っていた。どうなったか、まだ連絡が取れない。
4月から行く予定のマレーシア、クアラルンプールではたいした被害もなかったようで、今のところ予定通り行けそう。
2月3月は時間もあるし、現地に行ってボランティア活動をしたい気持ちもあるが、その反面、外国、言葉、状況のひどさ等で尻込みしてしまいそうな自分もいる。

そんなこんなで、詩から離れた時間が続いている。
いいのか、これで。
でも、じゃ、わるいのか、と聞くと
そんなわけでもないというだろう。

台湾の卒業生からたった今電話が入った。
10年ぶりぐらい。名前を聞いて、すぐにわかった。
最近は卒業生の名前もどんどん忘れているので、思い出せてよかった。2月中旬に台湾に行く予定と言うと、1日案内してくれると言う。ありがたい。
日本語を教えてきて、世界のどこにでも行ける気持ちになっている。どこにでも(実はアジア10カ国ぐらいだけど)友達がいるような気がしている。

2005/1/1(SAT)
新年明けましておめでとうございます。

すごい雪ですね。私は山形県の生まれだから、雪には慣れているけど、年内の本格的な雪なんて、あまり記憶にない。まして、関東で、だゼ、ちょっとビックリ。履く靴がなくて、困った。

今年の正月は、当初、家族が皆、その山形県の酒田市に帰る予定だったので、一人ゆっくりボーっと過ごせる!ワーイ!と思っていたのだが、一人しか行かず、しかも2日に発つということで、「一人ゆっくりボーッ」はにわかに「4人ドタバタペチャクチャ」になってしまう!ヤレヤレ・・・と涙目になっていたのだが、見たい番組は見れたし、やることはやった充実感もまた、いいもんだ、「行く年来る年」の除夜の鐘を一人で聞くよりは、というのが今の結論。

ちなみに「今」とは、2時10分のこと。
「見たい番組」とは、異種格闘技のヒュードル対ノゲイラ戦。
「やることはやった」とは、正月料理を作ること。今日は「鮭のマリネ、筑前煮、キンピラゴボウ、大根のおでん風」を作った。



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日記帳(3) v1.02.00 エース (素材協力:牛飼いとアイコンの部屋)