Dec 16, 2007
貞久秀紀「小石の歌」を拝読して
先日、インスタレーションポエトリーマガジン【鶴亀】1号(発行人:武内健二郎)という詩誌を拝読する機会に恵まれました。
巻頭に、ゲストとして貞久さんが寄稿なさった詩「小石の歌」が掲載され
ています。
そこには、あたらしい貞久秀紀の詩の世界がみちみちているように、私に
は感じられました。
独特のことばのあやなしに、ていねいな撚りをかけたような、1行1行のそ
のすすみに、あるひらけたあかるみをみつけ、そのあかるみと未明のはざ
かいをわけへだてるものの、なにかをさぐりあてながら、いいあてようと
せず、未明を未明のままにほうり送る仕上げに。
この詩について考えることをだけして、この年末年始はよゆうをもって過
ごせそうです。詩について、かんがえるともなくすごすなか、ここまでの
半年、ひとつの俳句がつねにあたまにあったように、この詩ひとつのなか
に、私のいまふれたいと感じるさまざまな詩のことごとが入っているよう
に感じられてうれしいのです。
詩の後半を以下に引用します。
なじみあるこの場がつき当たりのようにあかるく、どこかべつの
ところにみえるのは、目にするものが目にするさなかにも、
うろ覚えにあるからと、ある日ひとりの子が声のでるままにきて
金網のもとに石を並べ、いまひとりの子がいてともに並べる。
照りわたる地べたをおとなしく、おのおの拾い歩きで生きてゆく
のにつれて、いびつに円く、途中のように。
(貞久秀紀「小石の歌」部分)