Oct 14, 2006

クラムボン…

先日のクロコダイル朗読会で設けられたトークショーは、
「クラムボンの歌」と題して宮沢賢治についてのお話でした。
タイトルからすれば「クラムボン」という言葉についての話があっても良かったのでしょうが、
残念ながら時間が少なく、その言及はありませんでした。

「クラムボン」とは周知の通り、
宮沢賢治の童話「やなまし」で蟹の兄弟の会話に出てくる謎の言葉ですね。
「やまなし」冒頭の、蟹の兄弟の会話だけ引用してみます。

「クラムボンはわらったよ。」
「クラムボンはかぷかぷわらったよ。」
「クラムボンははねてわらったよ。」
「クラムボンはかぷかぷわらったよ。」

「クラムボンはわらっていたよ。」
「クラムボンはかぷかぷわらったよ。」
「それなら、なぜクラムボンはわらったの。」
「知らない。」

「クラムボンは死んだよ。」
「クラムボンは殺されたよ。」
「クラムボンは死んでしまったよ……。」
「殺されたよ。」
「それならなぜ殺された。」
「わからない。」

「クラムボンはわらったよ。」
「わらった。」

この童話は確か私の場合、小学校の教科書に出てきました。
私は不真面目な生徒だったので、大して授業を聞いてはおらず、
ですからこの童話が宮沢賢治の作であることを知ったのは、
随分あとのことだったと思います。
しかし、作者の名前を知らなくても、「クラムボン」という言葉、
そして「かぷかぷ」という笑い声は、強く印象に残っていました。
私と同様、私の友人も不真面目な人が多く、本を全く読まない輩も多いのですが、
なにかの拍子に私が「クラムボン」と言うと、大抵の人がその言葉だけは知っています。
「ああ、かぷかぷ笑う奴だろ。なんだっけ、それ」みたいな感じで。
宮沢賢治が好きだったり、読み物が好きな人ならわかりますが、
全然そうでないひとの記憶にまで、しっかり残ってしまうこの言葉の魔力は、凄いものがあります。
その一番の理由は、やはり言葉の響きでしょう。
「クラムボン」「かぷかぷ」という響きは、思わず口に出して言いたくなる衝動に駆られます。
実際この童話を読んだひとで、この言葉を口に出してみなかったひとなど、いないのではないでしょうか。
それにそののん気な響きの直後に「死んだよ」という強烈な言葉が被さってくることにより、
更に印象深いものになっているようです。

ところでこの「クラムボン」が一体なんなのか、と言うことは童話の中では明かされません。
だからこそ研究者の興味を惹きつけてやまず、聞くところによれば10以上の仮説があるそうですが、
著者が死んでしまっている以上、「クラムボン」を確定することは最早出来ません。
一体なんなのでしょう「クラムボン」とは。
「やまなし」を読んでみると「泡」ともとれますし「母親」ともとれますし「卵」ともとれそうです。
また、特に意味などないのかも知れません。

私としては…「クラムボン」とは生まれて間もなくして死んでしまった兄弟たちではないかと。
蟹は卵の中にいる時や孵化してすぐの頃、殆どが他の魚の餌になってしまうはずです。
それで、ここに出てくる兄弟以外はみんな魚に食べられてしまって、いまは二匹だけが残っている。
勝手に深読みすれば、
兄弟のセリフは二匹が生き残った者たちであることを表しているのではないでしょうか。
自分たちと一緒に、元気に笑っているように動き回っていた兄弟たちが、
しかし次々魚に食べられ消えていった事実を、彼らはわけがわからないなりに受け止めている。
するとこのあと、かわせみが現われて、
元は自分たちの捕食者であった魚を一撃のもとに獲って去ることにも繋がるのでは。
つまり、厳しい自然界における食物連鎖の隙間の時間が、この「やまなし」に流れる時間ではないかと。
そんな時間には蟹もまた、白い樺の花びらが流れてくるのを眺めたり、吐き出す泡の比べっこをしたり、
流れてきたやまなしを追いかけて親子で川底を歩いていったりしている。
そんな様子を宮沢賢治は描きたかったのではないでしょうか。
ま、どうだかわかりませんが。

しかし上に引用したセリフだけを見てみると、詩のようにも見えます。
「クラムボン」「かぷかぷ」と言った言葉は、詩の言葉としては最高です。
読めば一度で憶えてしまって忘れられず、しかもとても謎めいていて、
いつまでも心に引っかかっている。
世代を超えて人々の心の中を流れていく言葉。
読んだ人の数だけ意味を持つ、ひとつの言葉。
仮にも詩を書くなんてことをしている身にとっては、
一生にひとつでいいからこういう言葉を編み出してみたいものですね。
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