Jan 27, 2006

先週の土曜日、

関東地方には雪が降りましたが、
その日、私は高円寺へ行きました。
灰皿町の住民でもある白井明大さんの詩の朗読舞台
「ナマエハナンデモイイ」を見に行ったのです。

白井さんは一昨年、詩集「心を縫う」を上梓した詩人さんです。
「心を縫う」は、生活を共有する男女の、
ふとした意識の接点が描かれた作品集で、
私も時折無性に読み返したくなる一冊です。
その世界は繊細で、耳をじっと澄まさなければ聴こえない音、
目をじっと注いでいなければ見えてこないものなどを、
白い糸でそっとその形をなぞるように写し取っています。

会場はビルの地下にありました。
恐らく10メートル四方ほどの部屋の手前に客席、
奥には白く塗られた小さめの舞台があり、
そこに机と、二脚の椅子だけが配され、
机の上には白い食器が置かれていました。
この清潔な舞台の様子は、
白井さんの詩が持つ世界にぴったりです。

ここで「心を縫う」の収録作を中心に、
白い衣装で統一した6人の俳優さんが、
それぞれやわらかく詩を演じられました。
詩を言う形態は様々で、
あるときは男女が向かい合って詩を発しあい、
あるときは椅子に座って朗読する女性の言葉に、
別の男女がゆっくりと共鳴して動き、
またひとりで客席に向って詩の言葉を発したりといった具合です。

演じられた詩の多くを私は既に活字で読んでおり、
あ、これはあの詩だな、と嬉しくなるのですが、
しかし紙の上の言葉を追うのとはまた違ったリアルさで、
それらの言葉は聴こえてきました。
俳優さんの動きと発声は非常に洗練されており、
所謂リーディングのそれとは一線を画すものでした。
さらに詩の内容を明確に理解された上で演技されますので、
演じられる内容の節々から、
こちらの内側にまで詩の「声が聴こえて」きます。
言葉が「聴こえる」というのは、気持ちのいいことなのだなあと、
改めて気付かされました。

そこで聴こえていた言葉は、雑多な日常の表面にいては聞こえてこない、
しかし生活する人たちの一つ向こうに隠れているような言葉です。
だから恐らく見覚えがあり、
こちらの内側の何処かの場所にすんなり収まる感覚で、
それがまた気持ちいいのでした。

紙に書かれた詩の言葉であっても、
声質は持っていると思います。
ですので詩の言葉を実際に声に出して表現する場合、
詩の言葉が持っている声質に忠実に発声しないと、
詩の言葉はかえって聴こえなくなってしまうと思います。

年末に見た和合亮一さんの詩の舞台では、
和合さんの詩の言葉には強い声が適していると思いましたが、
白井さんの詩の言葉には、
ちいさくぽつぽつと言われる声が適していると思います。
詩の言葉の声質は、十人十色違うのでしょう。
その点では、今回の小さな舞台で、
それほど大きな声を使わないで行われた演技は、
とてもうまくいっていたと思います。

舞台の後半は、実作者の白井さんが舞台に現れ、
始めは立って、ついで椅子に座って詩を朗読されました。
私は今回、白井さんの朗読に初めて接したのですが、
白井さん自身の声も朴訥としたいい声で、
その世界を聞き手に受け渡すのにぴったりでした。
私が感じ入ったのは「シーソー」という詩。
この詩は「心を縫う」に収録されている作品です。

男性の心のつぶやきでこの詩は進んでいくのですが、
時折、共に生活する女性の実際的な声が入ります。
その声は、明るかったり落ち込んでいたりのニュアンスを持った声で、
詩集では、行中に大きく段差をつけることによって、
そのニュアンスが表現されているのですが、
朗読では、女優さんがその声の担当をします。
劇団で活動されている俳優さんなので、
たった一言の声のニュアンスを、とてもうまく表現され、
ああこの言葉はこういう声だったのだなと、
またその声を聴いていた言葉は、こういう声だったのだなと、
胸がすくような気分にさせてもらいました。
と同時に、
活字で声のニュアンスを表現することがいかに難しいかを、
再認識させられもしました。

言葉と声から煙のように世界が立ち上って客席へと届いていく、
とてもいい舞台でした。
白井さんは今年、沢山のことを考えておられるようで、
どのような活躍が見られるのか非常に楽しみ、
既存の詩の可能性の枠を、
ぐんと押し広げてくれそうな予感が私はしているのです。
「ル・ピュール」2号に掲載された作品もその兆候を見せており、
今回の舞台は、助走の最終段階を見るようでした。
期待してますぜ、白井さん。
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