Mar 14, 2008
ふかいところでつながることー水木しげる『猫楠』について
昨夕から頭痛。頭痛薬を服用したため痛みはマシになったものの、頭の重さや体のだるさはある。風邪とは異なる感じ。僕は春先が苦手だ。ここ数日で急に暖かくなり、体がそれにおいついていない。背中、肩、首筋が張っている。仕事を増やしたりカウンセリングが少なくなっている性もあるかもしれない。けれども、それはこれから慣れていくだろう。けれど、恐らく冬の間の冷えが体の中から体の表面にあらわれて「凝り」になっているとはいえないか。そんなわけで今日は家でゆっくりしている。あまり昼から寝ると夜の眠りが浅くなるので、マンガを読んでいた。
そのマンガは水木しげる『猫楠ー南方熊楠の生涯』
面白かった。ダーウィンらとネイチャーに名を連ねた学者である。けれども、イギリスから帰国後はアカデミズムからは距離を取り和歌山に引きこもり、弟の援助で粘菌の研究を続けた。破天荒というか常識のない人なのだが、友達は大切にする。水木の『ヒットラー』は暗澹たる感じだけれど、『猫楠』はひょうひょうとして明るい。
熊楠は人を見かけで判断しないようで、信頼すると頼る反面大事にする。見かけで判断しないというのは、粘菌に対する彼の研究哲学にもあらわれているようだ。粘菌は形はぐちゃぐちゃの時実は生きていて、綺麗な形の時は半分死んでいる。見かけと生命の内実はちがうというのだ。また無生物と生物、植物と動物つまりそういう区分けが通用しない存在であるというのだ。熊楠はその才覚のわりに、世慣れず日陰の存在と思っていたようで、じめじめしたところに生きる粘菌に自分を重ね合わせていたのかもしれない。
見かけで判断しないというのは、表面的なつきあいではなく、地元にずっと住んで、森や地縁を大切にしたようだ。熊楠には民俗学者としての側面もある。神社の統廃合の時猛反対した様子も書かれている。精霊や生き物や目に見えないものをも大切にするのだ。
水木の筆致が明るいのは、水木が熊楠に共鳴しているからではないか。水木は熊楠よりずっと世渡り上手だと思う。けれど、水木がラバウルで右手を失った時、地元の部族の人と遊んだような、「縁」の考えを熊楠の中にみたのではないか。
友達を大事にすることは難しい。僕はいつもそう思う。それは僕が傲慢でわがままな人間だからだろうと思う。人間の魂や精神の微細な部分について、僕は非常に鈍感なのではないかと思う。やさしそうに見える振る舞いは、刹那のものだ。ずっと長くおつきあいするには、嫌になる時期もある。けれども、常識や見かけで見ない。深いところでつながることができればいいな。そうすればどんなに離れても近くても距離の問題でなく友達でいられる。ただ晩年友人を亡くしていく熊楠は本当に寂しそうだ。彼はずっとさびしかったから友達といたかったのだと思う。僕もさびしがりだからわかる。
しかし、そういうのは非常に難しいのだ。熊楠は子ども達もかわいがった。けれど、長男は発狂して、そのあたりの記述は熊楠を超人や変人としてでなく一人の親として描いている。非常に切ない。また晩年、弟からの資金援助が絶たれ絶縁する。僕も偉そうにはいえないが、身近な人のことに熊楠は鈍感になりがちだったのか。それとも近い人だからこそ、深いところでつながることが愛憎を強くするのかもしれない。深いところでつながる。魂の深層は穏やかであり、また火のように激しい。それと折り合いをつけるのは、どんな偉い人でもできない。だから、人はせめてそれを隠したり、また親しい人だけに見せたりしているのではないか。しかし、それは見せたら見せただけ相手に苦しみも与えるのではないか。
頭痛で友人の演奏会に行けなかった。でも、メールしたら暖かいメールが来た。少しセンチメンタルである。長文を書いたら肩は凝るが少し気分はマシになりました。
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