Dec 01, 2008
詩集「窓がほんの少しあいていて」
1窓がほんの少しあいていて
窓がほんの少しあいていて
そこから
五月の
ハッカのような夜風が入り込む
闇の中で目を閉じていると
ヒトが空気を吸って生きているのが
はっきり見える
目をあけても何も見えないから
白昼あらゆるものを見ているのがわかる
そんなこと考えながら
フレ-ズをひねくりまわしていると
ああでもない
こうでもないという思いが
体の中を
縞瑪瑙のように
巡っているのがわかる
記憶
買い物に出た
サンダルひっかけ
コンビニまで
垣根にポツポツ赤い花
側溝に落ちた自転車
空き地から飛び立つすずめ
上空に飛行船
信号を無視して
ガラス戸を押す
「いらっしゃいませ」
帰りのエレベ-タ-で
空に近づきながら
思った
一九九五・十二・九の十一時半前後の
こんななんでもない光景を
いつか思い出すだろうか
思い出すとしたら
どこに記憶する価値があるのか
思い出さないのなら
なぜ経験するのか
サクラ
近くの公園を散歩した
草の上
ブロ-ディガンのうすい詩集を枕に
昼寝
目をつぶっていると
綿アメのような靄に乗って
フワフワ浮かんでしまいそうだ
あわてて目をあけると
うす紅の海
ふりしきるはなびらを
大きな熊手でかき集めて
一九八四年十月二十五日以来
サンフランシスコのどこかの石の下で
静かに眠るブロ-ディガンに
サクラサラサラ
ふりそそぎたい
サラサラサクラ
サラサラサラサラ
うす紅に埋もれるころ
あふれるニホンのにおいに
鼻がムズムズして
ここまで聞こえるような
おおきなクシャミひとつ
もらいたい
一枚のガラスの中を
一枚のガラスの中を
雪どけ水が流れる
一枚のガラスの中を
笹舟に乗って追憶が流れる
一枚のガラスの中を
うつむいたあなたの影が行き来する
そんなガラスを
一撃のもとに砕き
こぶしが血に染まっても
あなたは
砕けた幾千のかけらのどこかで
こくびをかしげるだけだろう
鰺の干物
さしだしたことばが
蠅たたきでつぶされ
世界に味方がいないとわかった夜
一匹の
鰺の干物になりたいと思った
ハラを開き
陽にあてる
血はジリジリ蒸発し
くらげのような肉がしまり
靄のような意志が凝固する
うつろう水っぽいものはいらない
骨格さえ立っていれば
野分けさえ親しい
やり直してみたいのだ
こぎれいに包装された
体裁のいいことばを
鉛の封筒に入れて
集配の来ないポストに落とせ
まず無言から始めよ
ホ-チミンサンダル
夜半
数字も眠った時刻に
ビ-トルズのラブバラ-ドに浸る
草染めのTシャツ
よれたジ-ンズに
ホ-チミンサンダル
それがぼくらの定型だった
バラのドライフラワ-に虫がわく部屋の
ガス栓はいつもわずか開いていて
暴発したい夜が待っていた
雨とアルバイトと朝寝坊の日以外は学校にでかけ
水車のような正直さに飽いたら
ベニヤの部屋で女と悪さをして
苦い汁を吐いた
日めくりの
物語の明くる日は
ホ-プというたばこの吸い殻をふみつけ
アスファルトをほんのわずか焦がして
いい気になっていた
それから四半世紀
もう
はだしで街と対話する
ホ-チミンサンダルを見かけることも
暴発する夜も
ないが
ビ-トルズのラブバラ-ドは
地下水脈を流れる
冷えたぼくらの希望のように
切れ切れに師走の空に流れる
コトッ!
きのうの酒でグズグズの頭を
こたつから出し
切れない包丁で芋をむくみたいに
時間をつぶしていた
手を伸ばすと
顔をそむける朝刊
甘夏の皮に爪を立てたとたん
目にきつい汁の逆襲
さればと
テニス中継の
ひいきの選手を応援したとたん
あっさり負けた
ベランメ-!
ベランダに出て
煙草の煙の方向をたどると
でかい雲
ゴリラの頭蓋骨のような
風にあたりながら
耳をすまして待つ
一階の郵便ボックスに投げこまれた
人類からの手紙の
コトッ!
プレゼント
風邪をひいて
解放された
ベルトの穴
くつのひも
タイムカ-ド
だれかとつながっている
何本もの糸から
めざまし時計を殺さなくてもいい
ヒゲをそらなくてもいい
追っかけるなにもない
体が自分のものじゃないので
スルリ
首輪からも抜けられる
それも数日間
めでたく治れば
また首輪を締める
絞首刑のように
ずっと
はみでていることはかなわない
どんなに他の花に憧れようとも
水仙の茎に咲くのは水仙の花
わかってる
禁煙六か月
きのうタバコを吸う夢を見たよ
たった一本だけど
それはそれはかぐわしい香りに
トップリ包まれて
寝るまえ
手巻きタバコの紙を
しおりがわりに使ったせいか
とにかく
あんなうまいタバコははじめて
もう絶対味わえないだろう
だから
これからも
やっぱり
禁煙
なんとかならぬものか
空気入れ
空気詰め
ポンプ
呼び名も定まらず
自転車の腰ぎんちゃく
テニスラケットのように
抱えて街を歩くのはちょっと・・・
片足ふんばり
股ひろげ
米つきバッタに
腕立て伏せ
鼻腔ひろげて
空気打ち込む
ないと困る
けれど置き場所に困る
いないと困る
けれど居場所に困る
おまけに不格好で
お互い
ストン
ストンと
ねむりに落ちればいいのだけれど
なかなかその音が聞こえない
おそらく
常夜灯が
腕組みして
闇を見渡し
明日の使者が
できたての
ストンを小脇に抱えて
耳のゲ-トをくぐろうとするのを
充血した目で
とおせんぼしているのだろう
ハムスタ-
夜、十一時ごろ起きて遊ぶんだよ
この子たち
へえ、真っ暗闇の中で
目を悪くしないのかな
だいじょうぶだよ
レタスを食べて
まわし車でカタカタ遊んで
ちょっと瞑想するだけで
むずかしい本を読むわけじゃないから
かさぶた
かさぶたは
はがされるために
キズを引き立て
忘れられるために
キズはその恩を忘れ
勝ち誇る
かさぶたはついに無名
つっかえをのみこんだまま
突き出すこぶしさえなく
傷に耐えている
馬
馬が捨てられていた
からっ風にさらされた
ゴミステ-ションに
つるがすこしほどけた
籐の馬が
それでも
たてがみを立て
背筋をピンと伸ばし
ゆれているのは
風か
かすかに聞こえる
キャッキャッという
背中の記憶のせいか
明日のしっぽ
眠りにつく前に一編の
詩が読みたくて
かわいたスポンジのような舌をうるおす
活字のせせらぎがほしくて
ペ-ジをめくる
かすかに苔のにおいがする
もう一ペ-ジ
さらに一ペ-ジ
そんなふうだろうか
今日から明日へ
明日からあさってと
一日をリレ-し続けるのは
ベランダのナスが小さな実をつけた喜びも
ビ-ルに沈んだ夜の饒舌も
一夜の
眠りの沈黙の中で冷えてしまうのに
朝
なぜ注射針のような光に顔をしかめて
棺のふたのように重いまぶたを持ち上げるのだろう
なぜミイラのように眠れないのだろう
たぶん
きついゴムの靴下をぬいで
かゆい足首をかく夕刻
ナスに水をやり忘れた悔いや
ことばになぐられてはれた頬の痛さに
バランスを失い
つんのめった拍子に
はやりたつ
明日のしっぽをつかんでしまうのだ
だからなのだ
きっと
明日もヒゲをそってしまうのは
あさってもそれからも
きついゴムの靴下をはいてしまうのは
2
みどれ
朝のテレビニュ-スで
キャスタ-が
「ここはひろびろとみどれがひろがり・・」
と言った
みどりがみどれとなって
ピッコロのように
妻がト-ストをかじりながら
笑った
同時刻
あちらで
やっぱりト-ストをかじりながら
こちらで
みそ汁をすすりながら
いっせいに
ひろびろとみどれがひろがり
ミ・ド・レ
オルガンのように
笑いさざめく
みどれの五月
結び目
たまに自分で弁当を作ると
包むナプキンの結び目が
階段をトコトコ下りる間
ユルユルになって
おっとっと
転がり出そうになる
妻が作る結び目は
キッチリ固く
容易にほどけない
下唇に力を入れて
キュキュッと結ぶ
なにか
昔の武士が家を出るとき
背中でカチカチッとやった
切り火のよう
「ウム」なんてつぶやいて
ねんごろに二輪の馬をまたぐ
点景
ころんだ
一位でつなぐ
リレ-のバトンタッチのまぎわに
もつれあって
歓声もろとも
砂にたたきつけられた
組のみんなに囲まれて
ゴメンゴメンとあやまりながら
目のあたりをぬぐっている
あれは
あれが 娘だ
秋晴れの日本列島
鈴なりの歓声に彩られた
幾千の運動会の中の
めずらしい昆虫を見る目のまま
「なに?」
「だって・・・
上下そろいのパジャマ着てるから」
「だって肩や首に寝汗かくし
下半身はきれいだし
いっしょに洗濯出すの
もったいないだろ」
「四着あるんだから
ずれがめぐりめぐって
今日やっとあいまみえたのさ」
くつした
娘の友達が泊まりに来て
まだ眠っているので
おれはこたつの赤外線で
くつしたを乾かしている
娘たちがいる部屋のタンスの
一番下に洗濯したやつがあるが
ぬくもった山を二つ乗り越えていくなんて
きのう洗濯かごに放りこんで
ぬれたタオルの下で湿っているのを
つまんでかいで
ま、いいや
湯気を上げて
あと五分
湯気がきれて
あと?分
電車に
まにあうかな
すっきり
ふと気づいた
おれは風呂に入る時
必ず
「風呂に入るよ」って宣言する
なのに あいつは
アレッと思うと
いつの間にか
風呂場に消えていて そのうち
「ああ、気持ちよかった」
って現れる
別に
だからどうしたってわけじゃないけど
昔から
ごはんを口に入れると
のみこむまで
何回も何回も
噛まねば
のどに落とせない
すっきりしないのだった
すっきり
のりまき
のりまき、うれたね
うん、すごくうまかった
そぼろが入ってないのがいい
へんに甘くなっちゃう
そぼろ、あったんだけど
冷蔵庫でかたくなってたから
入れなかった
入れなくていいんだよ
でも、入れるとおいしいんだよ
入れなくてもいいの!
午前の滅入るような雨もあがった
そろそろセイウチからヒトに脱皮せねば
ゴムのパジャマからジ-ンズにはきかえ
中だるみした休日を
ベルトをしめるように
その一言で
キュッとしめる
としごろ
十才の娘がオレを見て言う
「もうこんなにヒゲが伸びたの!
毎日そらなくちゃいけないなんて
男って面倒だね」
ナンノナンノ
キミ、キミのお母さんやおばさんを見てごらん
鏡の前に陣取って
白い粉やヌルヌルするものを塗って
赤や青でふちどりして
それを毎日欠かさず
いったん事あれば一日二回も三回も
そこいくと男は
ジ-ジ-三分
できあがり
チョロイもんだ
「そりゃま、そうだけどね、
でもやっぱり、私、女の方がいい。
だって、結構アレ、楽しそうだもの」
その夜、オレは夢をみたようだった
娘がきれいに化粧して街を
そして
その横によりそう
灰色の電信柱のような影
セブンティ-ン
娘のボ-イフレンドを迎える夜は
蛍光灯もういういしく
自分で自分をみがきかねない
娘のボ-イフレンドを迎える夜は
本棚も小説や雑誌にキヲツケを命じ
四角張って息ももらさない
妻は妻で
てんぷらの油がはねても
今日に限って
悲鳴をあげない
僕一人、まったくフツ-で
家中の時計をグリニッジ標準時に合わしたり
彼を何と呼んだものか
キミそれともあんた
やはり名前か 名前なら
君づけか、さんづけか
なんて考えたり
なまあくびでもはたして涙が出るか
試したりなんか
している
一部始終
彼女は
見ていたのだそうだ
おれが自転車をふんで帰ってくるのを
六階のベランダから
ずっと
うっすらと汗をかき
夕方の重い空気をかき分け
やっとこさ我が家へたどりつくまでの
おれの一部始終を
おれは聞いてみたかったが
のどがかわいて
ことばにならなかった
「そのとき君は何を思っていたの」と
ベランダで洗濯物を干しながら
彼女は何か言ったが
はっきり聞こえなかった
鳥のさえずりのように
意味がわからなかったが
それでもよかった
歌のようにまわりにありさえすれば
「えっ?」と
とりあえず
合いの手を入れておいて
洗面所で
今日の顔を洗いおとした
宇宙の謎
夕食時
娘が突然
「おいしい!」
と叫ぶので
ビックリして
ふりかえると
トマトの赤い
口の端がゆがんでいる
「ほんとにおいしいの?」
と聞くと
「死ぬほどおいしい」
といってほほえむ
そのほほえみが
こわばって消えない
まずくてたまらないトマトジュ-スを
「死ぬほどおいしい」
と言わせているものは
なにか
娘のトマトジュ-スの謎は
はるかな
宇宙の謎にも匹敵する
聞いても
頑として
明さないその謎
そのかたくなさが
ダイヤモンドのように輝いて
まぶしくてたまらない
ただいま
首をコリコリ回しながら
ノブを回す
「ただいま」を闇が飲み込んで
ギ-とひびき
不安に刺さる
目さぐり手さぐり
壁を汚して
闇を白日のもと
すると
へやは息を詰めて
ソッポを向く
ガスレンジとなべは
おしゃべりの跡を消し
聞き耳を立ててる電話機
コンセントにつながれたままの掃除機
たしかにいましがたまでここにいた
くちべに、ある
コ-ト、ない
メッセ-ジ、ない
かばんは、かばん!
くつ、くつ、わからない!
まさか・・・
ふるい記憶の棚にあった
さびたナイフを取り出して
ほっぺたにピタピタあてて
ひとしきり
暮れていると
「あらかえってたの
大根高いわねサンマのほうが安いんだもの
やんなっちゃう」
のどかが風を巻いて
仕切り戸からはいってくる
買い物袋を下げてくる人を
夏の終わりの夕方五時
そろそろだと
商店街の入口のT字路で
自転車を待つ
右からか
ひょっとしたら左から
買い物袋を下げてくる人を
妻を待つ
とはなんだか言えない
こんなふうに
道端に陣どって
人を待ちかまえるなんて
とおいとおい昔の話
通り過ぎる目を気にして
いくらかドキドキしながら
そういえば
この夏 帰省先で
はげしい夕立ちの中
傘を持って
奥さんを迎えに立つ
高校の同級生に会った
彼は照れくさそうに言った
「こんな雨だから」
そんなこと
おれできないな
と思ったことを
夏の終わりの夕方五時
帰途を急ぐ人が行き交うT字路で
傘も持たずに
やっている
けむる休日
まず雨
しのつく雨におおわれていること
格段の用事もなく せめて
古本屋めぐりに行こうか行くまいか
シャワ-をあび生卵ごはんをかっこみ
かりんとうをかじりながらテレビをながめていると
ふかいふかいところから呼ぶ声がして
ふかいふかいところへ落ちていく
ソファに腹ばい
床に寝ころび腕枕 あるいは
柱にもたれても
ストンと落ちて もう
それっきりうきあがらない
遠くへ行ってしまったおれの
安否をたずねる娘の声に
重いシャッタ-をわずかに
開けてみるが外はあいかわらずしのつく雨で
でかけられない理由に安心し
それでも伏せられた活字の海をひろげ
やおらこぎだしても
いつか
活字がながいながい蟻の行列になり
おいかけておいかけていくうち
また落ちる
どこかわからない
わからないところまで
・・・この日
テレビの中で
日本女性が初めて宇宙に飛び立ち
どこかの首相がナポリで入院
北朝鮮の首席が死去した
それぞれの歴史に残る日
どこにも残らないおれの休日
時計の針の脅迫も
受話器からの不法侵入も
胃痛もいさかいもときめきも歓声もなく
未熟児のようにけむっている
けむりつづけて
ふしぎに
おなかもすかない
帰省
自分の食べる分はもちろん
子供たちのものまでに手を伸ばすので
ふとってしまってかなわない
その上 母の
お前が来るというので買っておいたという
岩牡蠣、甘海老、瓜、枝豆
なにやらかにやら手品のように
冷蔵庫からテ-ブルの上に
どうしたらいいのだろう
と迷うはしから
たいらげるので
重くなってしまって
まったくかなわない
帰省のたび
行きはよいよい
冷えたスイカに恋をして
帰りはこわい
スイカのハラを下げてくる
輪ゴム
なくなって初めて知った
輪ゴムの存在
輪ゴムがないからといって
ズボンがずりおちるわけじゃない
輪ゴムがないからといって
しょっぴかれるわけでもない
だが
輪ゴムがないと
半分のこったたくあんのビニ-ル袋が結べない
たくあんのビニ-ル袋が結べないと
入れた冷蔵庫が臭くなる
冷蔵庫が臭くなると
暑さしのぎに入れたブリ-フも臭くなる
ブリ-フが臭くなると
外で女の子と遊べない
かくて
輪ゴムがないことは
浮気封じになる
と
女房殿が考えたかどうか
ガスレンジにかけたミルクパンの中のミルクの温度を知る方法
-つめたいままでいい?
-ちょっとぬるくして
この題が書かせるものはなにか
三週間考えた
で
結論
「指を突っ込んでみる」
ポテトサラダ
まずジャガイモを五、六個レンジでチンして
アッチアッチいいながら爪を立てて皮をむく
それから
グチャグチャになるまでつぶす
「どうだった、テスト」
娘は首を振ったきり
部屋に入り
ふすまを閉めて
頭からふとんをかぶり
「もう、グチャグチャ」
それに
人参ときゅうりで色をつけ
塩、コショ-、ビネガ-少々
マヨネ-ズを絞って
最後に
ないしょの鼻の油
ボウルの中のうなだれた混沌に
ゆっくり粘りが出て
グチャグチャにつぶされた君の戦意が
キリリと立ち上がるまで
ヘラでかきまぜ
かきまぜる
遠い街-遅い帰りの娘へのメモ
先に寝るよ
ここにいるのもたった数日だね
もう数日で仙台に行く
そう考えるとヘンな気分だけど
考えなければなんてことないね
p.s.ふとん、今日送りました
*
君への電話がパッタリとだえて
君が遠くへ行ったことを知った
そのほかは変わらない
十時に三人でウ-ロン茶を飲んで
亜希は数学しながら眠くなり
母さんはパッチワ-クのあいまにせんべいカリカリ
おれはワ-プロに漢字を教わっている
ただ、食器洗いは君にかわって
毎朝おれがやっている
サ-サ-砂の音がする
今日の君の電話のあと
遠いんだな、とだれかが
耳もとでつぶやいた
あかたすくつはあかいくつ
亜希、あれは
君が二才かそこらのこと
おじいちゃんの家に行く車の中だった
家を出てすぐの信号待ち
話の前後は忘れたけれど
ちっちゃなくつをはいた君に質問した
「この色、なあに」
「あか」
「これ、なあに」
「くつ」
「じゃ、あかたすくつは、なあに」
「・・・・・・?」
赤と靴の足し算
ことばのパッチワ-クまで
まだはるか
そんなことがあったせいかどうか
僕はそれから一念発起して
台湾や韓国の人に
あかたすくつ、の文法を教えている
うれしいとたのしいのちがいなど
あれから十年 君は
一日の大半髪をいじり
鏡に話しかける少女になった
唇をつき出したりきつく結んでみたり
そうして
今朝も鏡の中で目が合うや
「お父さん、パンツ一つでウロウロしないで。
みっともないでしょ」
ああ!
「あおたすパンツは、なあに」
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