わがこころのうちに住まうひとびと、2011年3月のこと

わがこころのうちに住まうひとびと、2011年3月のこと

冨澤守治

悲哀なことを語ろう
この年があらたまるとき、これだけは書いておかないといけない

「ひと」は想い出のなかに生きている
私であれ、ほかのひとであれ、それはすべてのひと
想いが、憂いのなかにあれば、それはすべてのひと

悲しみに暮れるひと
それははたまた悲劇と非業を生きるものである、詩人のようでもあり
息をしては、こころを吐き出している
うら暗い想いにつまされて、苦痛のなか
悲哀の雪にまみれる

この年はそれこそを云わなくてはいけない

どうすれば、いまも聞くことができるのだろうか?あの懐かしい声を
思い出すたびに胸がしめつけられる
いくら涙しても悲惨な春の声の鳴り止まない、このしずけさ
それは今も残っている
かつてあったものの光景

こんなことはかつてなかった

われわれは見ていた、そしてそのほかのことはできなかった。あの寒い春のこと
無事でいつもとかわらぬ雑踏のなかにも、呼ぶ声が絶え間なくこだました
答えることもせず、無言でなけなしの身についていた金銭を寄付していた
いくつもの呼び声に応じては何度も何度も、まだ寒冷のなか、不安なまま
祈るようにして募金箱に投げ入れていた

さらにわれわれの見ていたものは
尋常のレベルを越えるひとびとの強さと秩序
めくるめく日々の痛みにもめげることなく
この暴風においてかき消されぬものたちよ

こんなことはかつてなかった

われわれは見ていた、外国の軍隊を歓呼の声をもって呼びかけた
彼等の勇気と行動の激しさと確実さを
自衛隊たちの努力、そしてさぞ辛かっただろう
個々の人間である隊員のひとたちは、どうしてこのときを過ごしていたのだろうか

かつてないほどの騒然さ

原発事故、危機管理に一言あるものは驚かざるを得なかった
肝心なことは最後にわかるという、有りよう、有様
説明能力の有無は、行動と判断能力の有無を示す
さらに危機を避けるのは、通常ヒロイズムであるが
それこそは孤独で、危ない橋をわたり、失敗する、それとパニックを招くだろう
しかもそれから逃げることも許されない

われわれが現実に見たものはそうではなかった
見たものは現場の壮絶さだけだった

幾人もの英雄的な行動を見た
記憶に焼き付いて残るひとびと、そして名も無きひとびと
鎮魂の願いはいつまでも果てることがない

こんなことを書いたことはなかった
ただ私にはこれがはじめてでもない
16年前の阪神を襲った地震、自分も足に怪我をしてうなっていた
本震のなか駆け降りた階段は、丸く見えた
時空が崩れたのでもなく、四隅は消えていた
激痛をこらえ、母にバイクのヘルメットを被せて家を出た
今度もきっとそうだったのだ
そして確実で戦慄したであろう死も多くあったのだろう
恐ろしい、恐ろしいだけでなく
忘れられないし、忘れてはいけない

わたしたち詩を書くものたちに何ができるのだろうか
自問は続いているが、その無力さにも驚く
せめて語り継ぐか?
この年のことを忘れてはならないようにして

ー「ひと」は想い出のなかに生きているー
ー私であれ、ほかのひとであれ、それはすべてのひとー
ー想いが、憂いのなかにあれば、それはすべてのひとー

言葉はまるで老人の繰り言のようだ
しかしそれに共鳴することこそ、ひとの道だろう