島影の見える場所から
——沖縄 1987年の記憶のために
石川為丸
間違えた道に合歓の花
おぼろげなそのうすももの花色にさそわれて
ふとあてもなく 出かけてきたのだ
赤土のパイナップル畑 尖る丘
白雨のなかを
濡れたトカゲがちらちら舌を出している
切れた尻尾がぴくぴく動いている
ここは沖縄 島影の見える場所から
遠く思う
今は秋で
人もまばらになり始めた季節の
あれは大陸の黄沙のとどいた春だった
ぼろぼろの古い地図を捨てられずにまだ持ち歩いていた
自分を見失い 転変の身の上のその日暮らしで
人も見失い
日々は流れて
欠けているものばかりが私の暗がりで騒いでいた
枯れ草を踏んでいけば
ギシギシ 骨の割れる音がした
島影の見える場所から
遠く思うよ
黄ばんだ古新聞に包まれた壜が割れていた
ガソリンが滲みていた労働着
吊るしたまま 日々は流れて
沖縄の陽にやけた子どもらの足もとにも統合の波が寄せていた
大きな蛾の舞う教室にも入り込む君が代の腐った旋律
死んだ時間が流れ込んでくるのは
国体
ソフトボール競技開始式
一九八七年十月二六日
日本ソフトボール協会会長の燃え狂った
日の丸の焼かれた空は
あくまでも青かっただろう
砂糖黍畑ざわざわ騒ぎ始めたわが奥歯の痛む村よ
ひと夏の解体した群青の 裏側に潜んだ不穏の分子よ
ひとのいのちのかなしみをかくす 砕けた骨の埋まる空洞を
その秋の日
すずやかに海風が吹きぬけただろう
地の底から
天の果てへ
辿りつくべき時を探しあぐねている死者の数々
ユウバンマンジャー ただそのためだけに
光っていただろうか
島影の見える場所から
遠く思うよ
ユウバンマンジャー
あてどもない私のさまよいも揺れも 帰路である今も