岡田すみれこ詩集『もう帰るところはありません 』
(サイズ 210×148mm )
2007年3月31日 発行 ポエトリージャパン 1,800 円(税込)



 「ミッドナイトプレス」、「詩と思想」、「武蔵野文学」、、などに発表してきた作品を含む、初めての詩集です。帯文はH氏賞詩人、松下育男さんが寄せてくださった文、

『言葉が単に言葉としてあるのではなく、確実に書き手の肉体に結びついていました』

 松下さんの寄稿が、読者との架け橋になっていることを実感します。



すみれのように静かに逞しく

この本は著者の最初の作品集であるという。
然し華々しいデビューというにしてはあまりに暗く寂しい表紙が印象的で、引き込まれるように頁を捲った。
「もう帰るところはありません」という俯き加減のメッセージ。どの詩にもそんな著書のひっそりとしたメッセージが聞こえてくるようだった。母として妻として女として。病室でベッドで男の腕の中で。
けれど読み終えてみればそこに寂莫とした思いはなく、静かにでも確かに力が沸いてくるような本なのである。著者の二作目刊行を楽しみにしている。

アマゾン・カスタマーレビュー byちえり(東京都)

岡田すみれこ詩集より

「歩く」

ここは泥の海ではないはずなのに
なかなか前へ進んで行かない
「何故?」という無意味な疑問が
今日も足にまとわりつき
どうにか辿りついたのは
コドモの病院
彼女は何度も入院を繰り返し
わたしは数え切れないくらい通いつめた
(コドモだった娘も十数年経って
もうすぐ二十二歳になる)

わたしは時々
大きさの合わない長靴をはいているような
気分になる
遅々として進まない足は
病院からの帰り道
リコンという岐路を眺めている

ここは泥の海ではないはずだ
見上げれば空に雲も浮んでいる

けれどリピートされるコドモの病気
堆積された不満に漂うリコン

バクバクと大きい長靴をはいて
その靴を選ぶしかなかった自分を
憐れにも思いながら
今日もわたしは
同じような場所にいる

歩こうとすると水が入って重い
重くて冷たくて気持ちが悪い
ただ前を見ようとする意思だけが
自分を支えている
コドモの病気や
わたしたちのリコンは
すぐそこにある
のろのろと歩き出すしかない



 小児から入退院を繰り返すわが娘を抱えながら、母として、人妻として、努力する。結婚してわかる調和と不調和、この世に離婚を考えない結婚生活は、果たしてあるのだろうか。心になにかの不協和音をかなでながら、歩く、歩く、前へ進むしかありません。それが人生というものなのでしょうか。
 「歩く」もそうですけれども、この詩集は、ほかにも「夫」と「わたしたち」と「恋人」織り込んで、どこでもいる熟年夫婦の有様と心理を、生き生きと絵のように表現しています。そのなかの「夫婦」は、興味深い作品です。それぞれの抱く日常の生活から愛の形を、薬草から成分抽出をするかのように取り出しみせています。

文芸同志会通信        紹介・江 素瑛 



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