はじめに
いったい、この著者のこの作品は、ほんとうに面白く愉しめるのだろうか。時間とお金がムダにならないだろうか。いつか読んだこの著者のあの作品は途中で投げ出してしまったが、いま話題になっているこの作品は買ってみて裏切られることはないだろうか。書店のなかで、このような様々な思案をしてうろうろと彷徨い、ためらってしまう経験は誰にでもあるはず。現に私自身がそうだ。いまでも、そんな状態である。迷った末、ようやく選んで買った作品が失敗作だったとわかったときには、一日がムダになってしまった気分に陥る。ことにミステリーというジャンルは多種多様なエンターテイメント小説のなかでは、評価があってないようなものなので、このような状態になる傾向が強いのだろう。
たぶん、売らんかなという出版社の姿勢が露骨で、読者にツケを回しているのだろうと勘ぐれるように思う。たとえば藤原伊織(ふじわら・いおり)の長篇第二作『ひまわりの祝祭』。誰が読んでもミステリーとしては稀にみる壮大な失敗作といえるが、そのことを正面切って物申した人は、私が寡聞なのか聞かない。そのまま講談社文庫に収まってしまった。私は文庫新刊のとき淡い期待を抱いて、手にとった。おそらく加筆補正あるいは全面改稿されているのではと。だが、やはり単行本の内容のまま文庫化したのだ。編集者の怠慢か出版社の商売の事情であろう。結果として代金を払う読者の期待を踏みにじったとしか思えない。読者不在の商売が成り立つことに、疑問と悔しさを強く感じた。
まあ、そんな理由で、このコーナーで私自身のささやかともいえる読書体験の中からお薦めミステリー小説をご紹介することになりました。読者の時間とお金のムダを省くことが狙いです。特に、ミステリーに興味はあるが、どの本から読んだらよいのか見当がつかなく困惑されている方に、ぜひ拙文を読んで参考になればと願います。